http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL/20080507/151349/
2008/05/07 09:32野澤 哲生=日経エレクトロニクス
先週は仕事で米国に出張でした。日本ではガソリンの価格がまた上がってしまい騒ぎになったようですが,事情は米国も同じ。ロサンゼルスなどでは,石油価格の上昇に合わせてガソリンの店頭価格が1ガロン(約3.8リットル)当たり4米ドルの大台に乗ったことがテレビのニュースで話題になっていました。1米ドルが105円だとすると1リットル当たり約110円ですから日本での価格水準よりはまだ相当安いのですが,1ガロンが2ドル台前半だった2年以上前と比べると驚くほどの値上がりぶりです。 私には,近い将来エネルギー問題が深刻化して,本当に生活をガラリと変えざるをえなくなるような事態になりはしないかという不安があります。思い出すのは1973年末の石油ショックの頃。私はまだ小学校入学前でしたが,大人が何か騒いでいるなということは感じていました。その後数年間は小学生向けの雑誌でも「もし石油がなくなったら」というテーマの特集が何度も組まれ,これからどうなるのだろうと漠然とした不安に駆られました。ちょうどあの不安感に近いものを,今になってまた感じ始めています。「石油ショック前夜」と言ったら言い過ぎでしょうか。 既に,高騰する石油価格がバイオ燃料の利用拡大を生み,それが発展途上国での食料危機の要因の一つになっています。これが深刻化すれば,次は穀物を大量に食べる牛や豚などに影響が出て,食肉の価格高騰につながるかもしれません。
電気代が高騰していない理由は…
ただちょっと不思議なこともあります。原油の価格は2002年の1バレル20米ドル台,2005年の同50米ドル台を経て,今や同120米ドル台と6年で6倍程に上がっているにもかかわらず,日本での電気代は一般家庭向けで1kWh当たり21~23円とこの数年あまり変わっていないのです。その理由の一つは,電力会社が,火力発電の燃料を,価格が高騰する石油から安い石炭にシフトさせることで電気代の高騰を抑えてきたためです。 現在,日本国内での発電量のうち石油由来の発電量の占める割合は約9%台(2006年度,経済産業省調べ)と驚くほど少なくなっています。東京電力などのデータによると,日本の発電の約6割は火力発電由来ですが,火力発電の4割超が石炭,同4割弱が天然ガスを用いたもので,石油由来の発電は火力発電の2割に満たないようです。日本の1次供給エネルギーの約5割は依然として石油ながら,電力については石油への依存度が大きく低下しているのです(資源エネルギー庁などのデータに基づく)。一方,石炭由来の発電は石油とは逆に急激に増えています(同)。 では今後も電気代は安泰かというとそうでもありません。石炭価格もこの3~4年,原油価格ほどではないにせよ上昇しつつあるからです。加えて,単位発電量に対するCO2排出量が多い石炭を用いることには今後,批判が集中するでしょう。実際,2006年2月には東芝などが,山口県での石炭火力発電の事業化を事実上断念しました。その理由として東芝は「電力需要の伸びの鈍化,電力価格の低下,石炭燃料価格の高騰,地球環境問題の高まり等により」採算の見通しが不透明になったことを挙げています。 一過性に終わった1973年の石油ショックと異なり,今回の化石燃料の高騰は解決の糸口が見えません。いわゆる「ピーク・オイル(peak oil)説」,つまり「石油の産出量が頭打ちになる時期」が2007年に来たという説も出ています。これを解決するにはやはり,原子力発電か,太陽光発電や風力発電といった代替エネルギーを増やしていくしかなさそうです。
あと4年で原発約3基分の太陽電池が毎年生産へ
このうち,太陽光発電は,発電量,コスト,そして効率の3点で一般に思われているよりも大きな役割を果たせる可能性があります。まず発電量に関しては,2007年の太陽電池モジュールの生産量は,そのモジュールで可能な最大発電量に換算して約3.7GW分でした(関連記事)。4年後の2012年には15GW/年になる見込みです(シャープ調べ,関連記事)。平均的な原発1基の最大発電量が1GWですから,その規模の大きさが分かるというものです。 もちろん,これらはあくまで最大発電量で,平均発電量を比較するには稼働率を考慮する必要があります。仮にすべて日本で利用することを前提にすると,太陽電池の稼働率は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によれば約0.12。これはつまり,太陽電池が十分な性能を発揮できるのは24時間/日×0.12=2.88時間/日ということになります。一方,原子力発電の稼働率は故障や地震の多い日本では0.6~0.7。これらの稼働率を考慮すると,4年後の太陽電池の年間生産量は,原発2.5~3基分の発電能力に相当する計算になります。2012年以降は生産量がさらに増えていくことを考えると,意外に多いと思うのは私だけでしょうか。実際には太陽電池の実質的な発電量はさらに多い可能性があります。太陽電池を砂漠などに置けば稼働率は0.12よりずっと高まるためです。また,電力の需要が本当に高いのは夏の日中であることを考慮すると,最大発電量の値がむしろ重要である可能性もあります。
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コストはあと3年で家庭の電気代と並ぶ
太陽電池の従来からの課題であるコストの問題も,近い将来解決する可能性があります。太陽電池には「累積生産量が2倍になれば,発電コストが8割になる」という過去30年近く続いている経験則があります。2006年当時の太陽電池の世界の累計生産量が約5.7GW,発電コストが約46円/kWh(太陽光発電協会調べ)という実績と,現在の太陽電池の増産の勢いを考慮してこの経験則に当てはめれば,2011年には発電コストが現在の家庭向け電気代の水準に並ぶ計算です。これはNEDOの「2030 年に向けた太陽光発電ロードマップ(PV 2030)」で,2010年度に太陽電池の発電コスト目標を23円/kWhとしていることにほぼ一致します。 上述のように,電力会社の電気代は今後上がりこそすれ,下がる可能性は低いでしょう。このため,行政組織が太陽光発電による電力を高値で買い取る「Feed-in Tariffs」制度を導入せずとも,あと数年で太陽光発電事業が自律的に動きだす可能性があるわけです。 最後は効率です。ここでは変換効率より,太陽電池の製造や維持管理などに投入するエネルギーの,太陽光発電による「返済期間」を示す指標「エネルギー・ペイバック・タイム(EPT)」について触れます。このEPTは太陽光発電にとって非常に重要です。仮にEPTが太陽電池システムの製品寿命より長ければ,太陽電池を作れば作るほどエネルギーを無駄遣いしていることになり,エネルギー問題を解決する手段としては全く意味を成さないことになってしまいます。 ところが,EPTについては太陽電池の関係者でさえ意見が大きくバラついています。「EPTは結晶Si系太陽電池でさえ2年を切っている」という人もいれば,「EPTはモジュールだけで8年,周辺装置も入れれば20年」と主張する人もいます。「材料の運送にかかるエネルギーが入っていない」「工場建設にかかるエネルギーが考慮されておらず,それを考慮したら20年」という人もいます。
EPTは1.5年以下
こうした,EPTの値についての認識の差は主に参照しているデータの時期がまちまちであることに拠っているようです(関連記事)。言い換えれば,EPTが8年や20年というデータは古い,のです。ちなみにNEDOが公表しているデータによると,多結晶Si系太陽電池のEPTは100MW/年規模の生産で1.5年(資料)。アモルファスSi系太陽電池では100MW/年規模で1.1年以下(同)です。このNEDOのデータ自体,2000年ころのデータで新しいとは言えません。最近ではフレキシブルなCIGS型太陽電池でEPTが1~2カ月と主張するメーカーも出てきています。量産が始まったばかりの色素増感型太陽電池でもEPTはかなり短い模様です(日経エレクトロニクス5月5日号の「量産始まる有機太陽電池,効率,耐久性でも躍進」)。 太陽電池の開発の歴史は40年以上と長いですが,特にこの数年の技術の変化は非常に早く,10年前の知識では追いつかなくなっています。例えば,結晶Si系太陽電池で製造にかかるエネルギーの7~8割を占めるSiウエハーは,2004年ころは平均で300μm厚でしたが2007年には150~200μm厚と3年ほどで2/3以下になっています。近い将来50μm厚のSiウエハーも登場する可能性があります。Siウエハーがこれだけ薄くなれば太陽電池のEPTは大きく短縮されます。量産規模も大きく変わっているデータで,2000年時点では1製造ライン5MW/年だったものが,最近は同100MW/年に近づいています。量産規模が大きくなれば,工場などの初期コストは単位モジュール当たりでどんどん小さくなります。 太陽光発電はしばしば環境問題,つまりCO2排出量削減の文脈で語られることが多いのですが,さらに差し迫ったエネルギー問題を解決する手段としてもかなり有効なのではと思っています。
ここにはトップやアーカイブページで省略される(記事単独ページでだけ表示される)文章を書きます。
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