2009年2月4日水曜日

地中海ソーラープランMSP


出典:http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/1037/1037-09.pdf?nem

NEDO 技術開発機構 欧州事務所
鈴木 剛司
筆者は2008 年11 月22 日、フランス・パリにおいて開催された「地中海ソーラープ
ラン会議(Conference on the Mediterranean Solar Plan)」に出席した。本稿では、こ
の計画について紹介する。
要約
地中海ソーラープラン会議は、2008 年7 月にパリで正式に発足した「地中海連合(Union
For the Mediterranean)」のフラグシップ・プロジェクトである「地中海ソーラープラン
(Mediterranean Solar Plan、以下MSP)」に関する会議であり、フランス・パリのエコロ
ジー・エネルギー・持続可能開発・国土整備省にて開催された。本会議では、多方面の関
係者(関係諸国の政策立案者やファンド等)が集い、MSP の実施に向けた準備・課題(現
状の情報共有や特にファイナンス面での枠組み構築)について発表が行われた。
MSP は、地中海沿岸地域(特に南岸の北アフリカ諸国)において豊富な再生可能エネル
ギー(主としてソーラー・エネルギー)のポテンシャル(潜在力)を最大限に活用するた
めに大規模発電プラントを建設したり、そのグリーン電力を地中海沿岸地域においてのみ
利用するだけでなく欧州諸国にも輸出するために必要なインフラ構築を目指す構想である。
欧州連合(以下EU)と中東・北アフリカ諸国(Middle East and North Africa、以下MENA)
の連携により気候変動対策への取組みが推進されるとともに、エネルギーのセキュリティ
向上、産業・市場の活性化、技術移転等の効果が期待されている。
本会議では、このMSP の実現に向けて、克服すべき課題、すなわち大規模発電プラン
トプロジェクトを経済的かつ効果的な事業とするための課題、それに対する解決策(ソリュ
ーション)に関する発表・検討が行われた(例えば、電力売買の形態、インフラ(グリッド)、
法的枠組み、資金調達、リスク回避等)。
2009 年からパイロット・プロジェクトが実施される予定であり、そこで今回の会議を含
む準備段階において検討された手段・アプローチが試行・検証され、その後大規模な事業
へとスケールアップされる予定である。
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MSP(地中海ソーラープラン)の要点
(1)目的および効果
􀂾 気候変動対策
􀂾 EU-MENA におけるエネルギー・セキュリティの向上
􀂾 市場・産業の活性化(MSP に伴う装置・設備産業の活性化等)、競争力強化
􀂾 増加するエネルギー需要(特に北アフリカ諸国における)への対応
􀂾 雇用創出
􀂾 技術移転
(2)MSP の計画内容
􀂾 再生可能エネルギー(ソーラー・エネルギーを主として、風力やバイオマスを含
む)による大規模エネルギープラント建設1
􀂾 インフラ構築(地中海南岸の主に北アフリカ諸国から北岸の欧州への電力輸送の
ためのグリッド等)
􀂾 エネルギー効率改善、そのためのキャパシティ・ビルディング(能力構築)等
(3)課題
􀂾 法制やMSP に係る諸システムの体系化についての検討「固定価格買取制度2」
(Feed-In Tariff、以下FIT)、再生可能エネルギー使用義務制度3(Renewable
Obligation、以下RO)、税控除制度、グリーン電力の売買形態等)
􀂾 資金調達、投資に係るリスク回避(リスク分担)
􀂾 認知度の向上(それに伴う投資の促進が狙い)
(4)実現に向けたアプローチ
􀂾 上記の「目的・効果」を梃子(てこ)とした、多種多様な主体の参画と協力関係
の構築(政府間、官民、民民、国際機関等の協力等)、またその調整機能の確立
􀂾 マスタープランの策定とパイロット・プロジェクトの実施(潜在的な参画主体を
“魅了”し、呼び込むための、先例をつくる。)
􀂾 エネルギー効率の改善については、各国のエネルギー管轄機関間のネットワーク
を構築する
􀂾 既存システムや先例(FIT、RO 制度、世界銀行や欧州投資銀行などの投資事例)
からの教訓を活かす
1 規模の経済性を活かしたコスト競争力のある発電プラント等に関する計画(北アフリカの水需要に対応す
るための淡水化プラントに対するエネルギー供給プラントを含む)。2020 年までに20GW が目標。
2 再生可能エネルギー源から生産された電力を一定の価格で全量買い取ることを送電事業者に義務付ける制度。
3 電力会社が電力を調達する際に、再生可能エネルギー由来の電力の調達割合を一定割合以上としなければな
らないという制度。
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1. はじめに(背景等)
「Union For the Mediterranean(地中海連合)」4 とは、EU 加盟国と地中海沿岸諸国
による共同体であり、バルセロナ・プロセス5 を基礎に、欧州理事会の承認を経て(2008
年3 月)、同年7 月13 日にパリで初めての首脳会議が開かれ正式に発足した。
この地中海連合(以下UPM)の第一回サミットでは、エネルギー、安全保障、移民対策、
貿易などが共通の課題であることが確認され、その一環として取組まれるMSP6 について
も発表された7。
今回の会議は、MSP に関する取組みに関して、10 月28 日、29 日にベルリンで行われ
た技術選択とコスト概算に関するワークショップ、そして11 月21 日にパリで行われた
「Interconnection and infrastructure([グリッド]相互接続とインフラ)」に関する専門家
会議に続くものであり、UPM の共同議長国であるフランスとエジプトのイニシアティブ
のもとでフランス・エジプト・ドイツ・スペインの関係者が参加し、MSP の概要や実施に向
けた課題・解決へのアプローチについて講演が行われた。
2. 会議内容
会議は大きく、以下の4 セッションから構成され、MSP の概要、推進のための手段(政
策、ファイナンシング、投資環境)等について、講演が行われた。
また、開会に際しては、フランス エコロジー・エネルギー・持続可能開発・国土整備
省8 のJean-Louis BORLOO 大臣、エジプト電力・ エネルギー省のHassan YOUNIS 大
臣、ドイツ連邦環境省(BMU)のMatthias MACHNIG 事務次官(State Secretary)、ス
ペインのPedro MARIN エネルギー局長(Secretary General for Energy)らが、また閉
会時にはフランス大統領補佐官(special adviser)であるHenri GUAINO 氏が、MSP 推
4 (仏)UPM: Union Pour la Méditerranée; 地中海連合構想は、もともと2007 年の仏大統領選挙中にサル
コジ大統領が主張していたものであり、当選を受けた後、また特に2008 年7 月からのEU 議長国となった
後に地中海連合構想は具現化されていった経緯がある。「Union For the Mediterranean」の訳としては、
原語に忠実に、そして構想が立ち上げられるまでの経緯等を反映して、「地中海のための連合」と訳される
こともあるが、本稿では広く報道等で用いられている「地中海連合」を訳語として採用する。
(参考 : http://www.medea.be/index.html?page=2&lang=en&doc=1780 )
5 Barcelona Process: Union for the Mediterranean: 1995 年にバルセロナで開かれた欧州・地中海会議で取り
まとめられた枠組みで、欧州・地中海パートナーシップ、Euro-Med Process とも呼ばれる。
6 (仏)PSM : Plan Solaire Méditerranéen
7 その他、地中海の環境改善、域内交通網改善、災害対策、中小企業支援に係るプロジェクトが提案されてい
る。その中でも再生エネルギーの利用促進に関するMSP は、地中海連合のフラグシップ(旗艦)プロジェク
ト的な位置付けとなっている。
8 (仏)MEEDDAT: Ministère de l’Ecologie, de l’Energie, du Développement durable et de l’Aménagement
du territoire、(英)Minister for Ecology, Energy, Sustainable Development and Town and Country
Planning
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進についての強い意気込み(背景、事業効果等)を語り、会議出席関係者に対し協力を求
めるとともにMSP 推進を鼓舞する内容のスピーチが行われた。
􀂾 SESSION I: Mediterranean Solar Plan: state of play(地中海ソーラープランの進捗
状況/現況)
􀂾 SESSION II: National and European policy drivers for the Mediterranean Solar
Plan(地中海ソーラープラン促進のための各国・欧州の政策手段)
􀂾 SESSION III: Covering long term risks: challenges and solutions for the
Mediterranean Solar Plan(長期的なリスク回避: 地中海ソーラープランの課題とソ
リューション)
􀂾 SESSION IV: Sovereign and private funds and their role in the Mediterranean
Solar Plan: Which investment conditions are needed?(地中海ソーラープランにお
ける政府系およびプライベート・ファンドの役割: 求められる投資環境とは?)
これらの概要について事項以降に整理する。
(1) MSP
􀂾 MSP が必要とされる理由、実施する背景について
気候変動および地球海南岸諸国において増加する電力需要に関する対策が必要とさ
れているうえ、再生可能エネルギーに関する技術(特に太陽光・熱、風力、水力関連技
術)の成熟化が進み、ターン・キー(turnkey)9 形式でのプロジェクトが実施可能にな
ってきており、再生可能エネルギー分野においては設備供給(能力)が需要に追いつ
いていないことも背景にある。
特に、太陽エネルギーについては、地中海南岸地域では「資源」が豊富であり、大
規模エネルギー供給事業が経済的にも成立(viable)する可能性が高く、他のエネルギー
資源の活用技術(例えば風力タービン設備)に比べて設置・メンテナンスが簡易であ
ることも、MSP においてソーラー・エネルギーに焦点が置かれている要因である。
また、MSP の実施による、つぎのような効果・利点が挙げられていた。
・ 市場の活性化(再生可能エネルギー利用に係るコスト低下、グリッド・パリティ
の実現)
・ 気候変動に対する解決(EU は地中海南岸地域からグリーン電力を購入することで、
気候変動・エネルギーについての政策パッケージに関する目標10 達成について貢
献する)
9 プラント等の建設工事において、請負事業者が設計、施工、設備機械の調達や据え付け、試運転、取扱説明
等の教育、保証責任まで、すべてを一括して受注して完成させ、発注者がプラントのキーを受け取って回せ
ば(turn the key)、直ちに使用することができる状態で物件を引き渡す契約のこと。
10 温室効果ガスの排出量を2020 年までに20%削減する(対1990 年比)、EU 全体の最終エネルギー消費に
占める再生可能エネルギーの割合を20%まで引き上げる、エネルギー効率を20%向上する。しばしば、“3×20”
や目標年度の2020 年の「20」をカウントして、“5×20”と称される。
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・ 技術移転
・ 市場・産業の活性化(装置・設備産業等)
・ 雇用の創出
􀂾 MSP 概要
再生可能エネルギー(ソーラー・エネルギーを主として、風力やバイオマスを含む)
による大規模エネルギープラント建設計画であり、2020 年までに20GW が目標であ
る11。規模の経済性(スケールメリット)を活かしたコスト競争力のある発電プラン
ト等に関する計画で、北アフリカの水需要に対応するための淡水化プラントに対する
エネルギー供給プラントも視野に入れられている。
また、MSP には、インフラ構築(地中海南岸から北岸への電力輸送のためのグリッ
ド等)のほか、エネルギー効率改善(建築、空調等のエネルギー需要側の効率改善)
やそのためのキャパシティ・ビルディング等の活動も含まれている。
􀂾 スケジュール
全体のスケジュール構想は、以下のとおりである。
全体スケジュール
第1 ステップ(~2008 年末): MSP の目標設定と組織化
第2 ステップ(2009 年初~2010 年末): パイロット・フェーズ
第3 ステップ(2011 年初~2020 年末): MSP の大規模展開
2009 年から第2 ステップとなるパイロット・フェーズがスタートする。この段階
で、実際にパイロット・プロジェクトが実施され、PV(太陽光発電)、CSP(集光型
太陽熱発電)、風力については“平均的” 規模なプロトタイプ(それぞれ、PV: 20~
30MW; CSP: 50MW; 風力: 100MW)によるプロジェクトを通じて、経済的・技術的
課題について検討が行われる。
このようなパイロット・プロジェクトを通じて、資金調達方法や法的枠組み(ライ
センシング、事業実施に関する許認可手続き、フィード・イン・タリフ等の仕組み)、
経済的かつ効果的なグリーン電力の売買形態(ビジネスモデル)について、知見を得
ながら、次期の大規模事業にシフトしていくことが予定されている。また、この段階
における状況をステークホルダーと情報共有することで、将来の投資を促進する狙い
もある。
パイロット・フェーズでは、まずいくつかの事業を選定し(すでにモロッコ等にお
いて、事業提案が行われている)、複数国で実施される予定であり、経済的なインセン
11 事業予算の規模については、総額800 億ユーロを超えるとも推算されているとのこと。
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ティブ・事業評価手法・法的規制について検討するとともに、PPP (官民連携:Public
Private Partnership)・民民連携の推進、投資メカニズムの構築に向けた取組みが行
われる。
(2) MSP における課題とソリューション
会議全体を通じて、以下のような課題、およびその解決策が挙げられていた。
􀂾 MSP 推進のための制度、地中海諸国における法的枠組みの構築
(各プロジェクト実施国の諸状況に応じ、)再生可能エネルギー発電プラントのプロジ
ェクト認可手続きの合理化、系統連系(グリッド・アクセス)の保証、フィード・イ
ン・タリフ等の法・システム整備について検討することが必要。
􀂾 ファイナンシング(資金調達)についての枠組みの構築
ステークホルダーとしては、プロジェクト実施地である地中海南岸の企業や自治体、
そして欧州における各種主体、資金支援機関等が想定されており、プロジェクト毎に
最良の電力売買の構図や資金調達形態を検討する必要がある。
資金調達については、銀行、政府系ファンド(sovereign funds)、プライベート・フ
ァンド、エネルギー企業等の産業界からの投資が期待されている。既に、再生可能エ
ネルギーに関するプロジェクトについて実績があり、MSP への融資に前向きな姿勢を
示している世界銀行(WB)、欧州投資銀行(EIB)、フランス預金供託公庫 (CDC)等
の機関からの多角的な資金融資を活用することが考えられている。
􀂾 産業キャパシティの増強
新規生産設備・施設の建設による生産能力の増強が必要。また、併せて革新的技術の
開発も続けていくことが必要。
􀂾 エネルギー輸送に係るインフラ構築(グリッド整備)
現在でも、地中海北岸・南岸を結ぶグリッドはあるが、将来的に発電プラントの立地
する南岸から北岸への電力輸送を可能にするための電力輸送インフラの新規構築・増
強が必要。
􀂾 プランニング(マスタープランの策定)
また、上記事項の課題と現状を把握したうえで、早急にマスタープラン・即時行動計
画(IAP: Immediate Action Plan)を策定することが必要。
3. 所感
MSP はEU および地中海沿岸諸国による壮大なプロジェクトであり、各講演者からは
多種多様な主体による「協同(cooperate, co-develop, co-finance, co-invest, risk-share な
ど)」の必要性が強調され、それをコーディネートする機関(body/agency)の必要性も示唆
されていた。フランス、ドイツ、モロッコ、シリア、世界銀行、欧州投資銀行からのスピ
ーカーは、総じてこのプロジェクトの推進について極めてポジティブ(前向き)であり、
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「喫緊なチャレンジ(課題)であり、後戻りせず、今すぐ始動すべきだ!」との発言に会
場から大きな拍手がおくられる場面もあり、たいへんな熱気を感じた。一方で、会場から
は経済不況の中で民間からの投資について危惧する声もあり、また地中海連合構想自体に
政治的な思惑が交錯しているといわれ、目標である“20GW”についても既にある「3×20
ターゲット(脚注10 参照 )」との語呂はきれいだが、相互間目標と取組みとの整合性が見え
づらいと感じた。
当然ながらMSP を商機と捉える主体もあり、課題も多々あるが、世界銀行や欧州投資
銀行もポジティブな姿勢を見せており、今後のMSP およびその周辺プロジェクト(例え
ばグリッド連系技術、蓄電池等の再生可能エネルギーの間欠性(intermittency)を補完する
技術、エネルギーの需要側の各種省エネ技術や淡水化技術等)について動向を注視する必
要があると感じた。

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