2008年6月2日月曜日

投資回収は10年程度も地中海で花開く大規模熱発電


昨年4月に商業運転が始まったスペインの太陽熱発電所「PS10」。直径600mの土地に扇形に配置された反射鏡で、写真左上のタワーに熱を集める
http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/report/080530_taiyonetsu/
2008年5月30日 文/吉岡 陽(日経エコロジー)
石油危機でブームになった太陽熱温水器。その後下火になっていたが、東京都が普及策をまとめるなど、見直され始めた。地中海周辺では最大の再生可能エネルギーと位置付け、大規模な太陽熱発電が始まっている。日本では「太陽熱」というとまず住宅の屋根に設置する温水器を思い浮かべる。1970年代の石油危機で原油価格が高騰したのをきっかけに一気に普及した。
■ガスと太陽熱をハイブリッド 温度バリアで断熱する住宅も
しかし、石油価格が下がると急速に下火になった。2006年度の太陽熱温水器の販売量は5万3000台で、ピークだった80年度(80万台)の15分の1に減った。ソーラーシステム振興協会の試算では、2006年末時点で戸建て住宅のうち太陽熱温水器を設置しているのは約6%。7年で普及率は半分に下がった。国の新エネルギー導入目標の中でも、太陽熱の位置付けは低い。エレクトロニクス産業の国際競争力を高める意味もあり、国が太陽電池を優先的に支援したことや、かつての風呂釜に比べて高性能なガス給湯器が普及し、作りためたお湯ですぐに入浴できるというメリットが薄れたこと、そして一部の業者による押し売り的な販売手法で消費者の不信を買ったことも逆風になった。ところがここに来て太陽熱を見直す機運が高まっている。2月には東京都が、太陽熱利用を促すために、グリーン電力証書ならぬ「グリーン熱証書」の制度化を打ち出した。京都議定書の目標達成で最大の障害は家庭からのCO2。太陽熱温水器は、家庭で消費されるエネルギーの約3割を占める給湯の大幅な省エネが可能で、技術的に成熟しており投資回収もしやすい。長府製作所は5月、太陽熱温水器とガス給湯器を組み合わせたハイブリッド式給湯システムを発売する。一般的なガス給湯器に比べてCO2排出量を、30~40%削減できる。本体価格は70万円台にする予定で、工事費は約10万円。省エネ効果によって10~15年程度で回収できる(太陽光発電システムは25年程度)。2つの機器を別々に設置して接続していた従来方式より2~3割安くできた。太陽熱温水器のお湯の温度を常時計測して台所などに設置するリモコンに表示し、温度が十分ならガス給湯器を止め、そのまま使う。集熱板も改良した。集熱板の表面には赤外線(熱)を優先的に吸収する膜を張っている。より吸収力の高い新型の膜を採用することで、集熱効率を20%高めた。太陽熱を住宅の空調や断熱に利用する技術も実用化している。ルクセンブルクのクレッケ博士が考案した「ISOMAX(アイソマックス)住宅」である。既に85の国と地域で10万戸の実績がある。日本ではアイソマックスホールディングスジャパン(東京都渋谷区)と、建築・設計会社のウィークエンドホームズ(同)が業務提携し、昨年2月に1軒目が完成した。今年2月末時点で、合計7戸が建設されている。アイソマックス住宅では、太さ数cmのポリエチレンの水流パイプを、屋根材の下と壁の中、そして床下と、室内空間を取り囲むように張り巡らせる。屋根で夏は80℃、冬は50℃程度に熱したお湯を循環させ、特殊な断熱パネルで覆った床下の土を15℃~35℃に温める。夏は屋根の熱を奪って地中に蓄えるので室内の温度が下がり、冬はこの熱を暖房に利用する。家を包むように水が循環して「温度バリア」を作るため、年間を通じて室内が23℃に保たれる。さらに、外気を取り込む際には、夏涼しく冬暖かい地中のパイプを通す。空調にかかるエネルギーは、通常の建物の15分の1程度に抑えられる。価格は300万円から。

●アイソマックス住宅:屋根材の下に張り巡らせた水流パイプで水を温め、熱を床下の地中に蓄えて暖房や断熱に使う、欧州発の技術

●太陽熱給湯システム:太陽熱温水器とガス給湯器を一体にしたハイブリッド式。CO2が3~4割削減できる。長府製作所が5月に発売する
■砂漠が巨大な発電所に 太陽熱に期待するEU
太陽熱は、熱としての利用だけでなく、大規模な発電も可能とする。世界最大の太陽熱発電所は、米国カリフォルニア州のモハベ砂漠にある「SEGSプラント」で、85年の発電開始以降増設を重ね、35万kWの出力を誇る。熱を集めるコレクタと呼ばれる設備は、オフィスの蛍光灯器具を逆さにしたような形で、真っすぐな集熱管と湾曲した半円筒の反射板で構成される。集熱管の中を流れる工業用の油が反射板で温められ、この熱で蒸気タービンを回して発電する。コレクタは幅6m、長さ100mと巨大で、約1.7km²の広大な敷地に整然と敷き詰められている。トラフ型(分散型)と呼ばれるこの方式に加えて、タワー型(集中型)という方式も開発されている。中でも、「東工大式ビームダウン集光太陽熱発電」と呼ばれる日本発の最新技術が注目されている(下のイラスト)。

●太陽熱発電所のしくみ:「東工大式ビームダウン集光太陽熱発電」と呼ばれる最新式。ヘリオスタットと中央反射鏡で、太陽光を溶融塩レシーバーに集める。600℃に加熱した溶融塩で水を沸騰させて、蒸気タービンを回して発電する。熱は溶融塩に蓄えるので、24時間発電できる
イラスト/タジマヤスタカ

ヘリオスタットと呼ばれる反射鏡を太陽の動きに合わせて動かし、光を中央のタワーに集める。光は中央反射鏡で再び反射され、溶融塩レシーバーに集まる。これは、配管が密集した熱交換器で、管の中を流れる溶融塩は600℃にまで熱せられる。この熱で水を沸騰させて、蒸気タービンを回して発電する。昨年12月、コスモ石油とアラブ首長国連邦のアブダビ政府系機関である「MASDAR-ADFEC」は、東京工業大学と、この技術の共同研究開発契約を結んだ。大型構造物の建設を得意とする三井造船と先端的な光学技術で高精度の鏡を作れるコニカミノルタが参加する。集光熱量100kWの実験プラントをアブダビに作り、2009年4月から実験を始める。10億円の費用は、コスモ石油とMASDAR-ADFECが折半する。実験結果を踏まえて、2010年には集光熱量2万kW(熱電変換効率25%)の実証プラントも建設する。直径600mの敷地に8m 四方のヘリオスタットを500基設置する。高さ60mのタワーに直径70mの中央反射鏡を載せるという巨大な設備になる。最終的に2012年に、3~4基のタワーを組み合わせた集光熱量12万kW(熱電変換効率36%)の商業プラントを完成させることを目指す。1kWh当たりの発電コスト(発電単価)は8~9セントを目指す(トラフ型は15セント程度)。東京工業大学・炭素循環エネルギー研究センターの玉浦裕教授は、「太陽光発電の平均的な発電単価は20セント程度で、太陽熱の採算性のよさが際立つ。石炭火力は4セント程度だが、炭素税などが上乗せされれば、十分に戦える」と自信を見せる。採算性の高いプラントを作るには、発電のシミュレーション技術が極めて重要になる。ヘリオスタットが互いに干渉しない配置を割り出したり、1基のヘリオスタットが太陽の位置に応じて、最適なタワーに光を送るようにしたりといった、コストと発電の効率を上げるための工夫をするには、実際の太陽と設備の動きを再現する必要があるからだ。東工大は10年かけて光学設計シミュレーターを開発してきた。東洋一の演算速度を誇る東工大のスーパーコンピューターを使えば約10時間で1年間の発電を再現できる。アブダビの実験プラントを使って、シミュレーションの“正しさ”を確認できれば、大型プラントが容易に設計できるようになる。これは世界初の試みとなる。欧州の大手シンクタンクのローマクラブは2003年、再生可能エネルギーの利用を目指すコンソーシアム「TREC」を設立した。EU(欧州連合)、中東や北アフリカなど地中海周辺の国々の政府系機関や産業界が参加し、これらの地域で再生可能エネルギーによる発電をして、送電ロスが無い直流送電網でEUに供給するという計画だ。太陽熱発電がその主軸を担う。年間日射量が多いサハラ砂漠では、254km四方に太陽熱発電施設を敷き詰めたとすると、世界の電力が賄えるとの試算もある。TRECは、2050年までにEUの年間電力消費量の10~25%が、北アフリカや中東の砂漠から供給された太陽熱を中心とした電力に置き換わると予測している。玉浦教授は、「中東が石油で豊かになったように、北アフリカの国々は太陽熱に賭けている。海水を淡水化するエネルギー源も石油から代替できる。豊富な電気と水を求めて砂漠地帯に産業が集まるはず」と話す。太陽熱は無限の可能性を秘めている。

出所:(左)ドイツ航空宇宙センター、(右)TREC
左:商業プラントの技術が確立する2020年ごろから太陽熱が一気に広がる。右:1年中多くの日射が得られる「サンベルト」(濃いオレンジとその周辺の地域)であれば、太陽熱発電は十分に採算が取れる


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