2008年6月18日水曜日

石油でアラブに,ソーラーでEUに翻弄される日本

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080617/308430/?ST=green_it&P=1
原油高である。ガソリン代はレギュラーで170円/リットルを超え,200円時代もそう遠くないだろう。2008年5月にはガソリン代を節約する商品を宣伝する迷惑メール(スパム)が急増したという笑えない話もある(関連記事)。膨れ上がったオイルマネーが政府系ファンド(SWF)に流れ込み,資源や穀物などの一次産品から,情報通信や医療などの高度先端技術に至るまで,あらゆるものに投資されている。原油のあるうちにオイルマネーを元手にして投資技術を磨き,さらに国の資力を高めようというのがアラブ各国の戦略だ。2007年秋には,アブダビ首長国の投資会社がコスモ石油に900億円を出資し,筆頭株主になった。また,サブプライムローン問題で大きな損失を被った米シティグループに出資して救済したのも,アブダビ投資庁やクウェート投資庁などのSWFだった。先ごろは,神戸市の医療特区に設立される高度医療の専門病院に,アブダビのSWFが100億円規模の投資をするというので大いに話題になった。
●低迷する日本の太陽光発電市場
 「エネルギーを制するものが世界を制す」。アラブ世界をはじめとする産油国はしばらくわが世の春を謳歌することだろう。それに比べて日本のエネルギー事情はどうか。相変わらず,エネルギー自給率は2割に届かず,原油や天然ガスを大量に輸入してばんばん燃やし,火力発電のタービンを回している。環境にも悪ければ,燃料コストも上がる一方で,まさにお先真っ暗という有様である。そもそも日本政府は2000年前後に新エネルギー政策を打ち出し,「風力や太陽光などの自然エネルギーで国内総発電量の1割をまかなう」という壮大な目標を掲げて,普及促進に乗り出したはずである。「石油依存からの脱却,エネルギーの自給自足」という夢はどうなってしまったのか。6月9日に発表された日本の地球温暖化政策の基本方針「福田ビジョン」では,2050年に温室効果ガスを60~80%削減という長期目標の実現に向け,その具体策の一つとして太陽光発電の大量導入を打ち出した。2020年までに現状の10倍,2030年には40倍に導入量を引き上げることを目標とする。これを実現するには,電気事業者が世界最大級の大規模太陽光発電所を全国に設置することに加え,新築持ち家住宅の7割以上が太陽光発電を装備しなければならない。だがここ数年,住宅用や産業用の太陽光発電の導入件数は大きく落ち込んでいる(図1)。この傾向からすれば,よほど強力なインセンティブがなければ,政府の目標は到底達成できないと言わざるを得ない。

図1●日本国内における住宅用太陽光発電の導入件数とkWあたり装置価格の推移(出典:太陽光発電協会資料)
●あっという間にドイツに抜かれた理由
 日本と言えば,かつて太陽電池に強いことで知られていた。事実,2004年までは世界の太陽電池生産量で上位4社が日本のメーカーだった。だが2006年は,辛うじてシャープがトップを死守しているものの,ドイツのQ-Cells社が2位を占めたほか,3位の京セラも中国のSuntechに肉迫されている。図2に世界の太陽光発電の累積導入量を示す。日本は10年ほど前からずっと世界1位の座を占めていたが,2004年にあっさりとドイツに抜かれてしまった。スペインや他のEU諸国も積極導入を進めており,このままでは2位,3位の座も危ういかもしれない。

図2●世界の太陽光発電の累積導入量(出典:太陽光発電協会資料)日本は2004年にドイツに1位の座をゆずった
なぜ,ドイツでこれほど急激に導入が進んだかと言えば,FIT(フィード・イン・タリフ)という太陽光発電の投資促進プログラムが奏功したことが大きい。簡単に言えば,個人や企業が太陽光発電設備を導入し,得られた電力を電力会社が破格の固定価格で20年間にわたり買い取るというものだ。電力会社はその一方で,電気代を家庭用・産業用ともに大幅に引き上げている。一般家庭で月々500円ほどの値上げである。FITのおかげで,ドイツには多数の太陽光投資ファンドができ,サッカースタジアムやら工場の屋根やらにせっせと太陽光発電設備が取り付けられることになった。また一般家庭でも,黙っていると電気代が値上がりするだけなので,自宅に太陽電池を取り付けて売電して差額でもうけなくてはと考える。太陽電池から得られた電力の買取り固定価格は毎年7~8%ずつ下がるので,早く導入しないと元が取れなくなるかもしれず,お尻に火がついているというのがここ数年の動きだ。太陽光発電協会の岡林義一事務局長によれば,「スペインをはじめとする他のEU諸国も,概ね同じようなFITプログラムの導入を進めている」という。日本の太陽電池メーカーは,市場が低迷している国内よりも,「待っていれば商談が飛び込んでくるドイツや他のEU諸国に完全に目が向いている。FITのおかげでEUでの太陽電池価格は高止まりの状態で,国内メーカー各社とも生産量の7割ほどを輸出に回している」と岡林氏は説明する。日本の太陽電池導入が低迷している理由は,表向きには2005年に政府が補助金を打ち切ったことが大きいとされているが,旺盛なEU市場への対応で忙しいメーカーが国内で積極的に営業しなくなったというのが本当のところだ。何とも皮肉な話ではないか。
●「エネルギーは自分で作る」という意識を
 石油をはじめとする燃料価格でアラブに翻弄され,強みとされる太陽電池ではEUの政策に翻弄されているのが日本の現状だ。情けない。我々日本の消費者は現状を正視し,生活の基盤となるエネルギー問題に真剣に目を向けよう。日本の自然エネルギー施策の最大の問題は,リスクを電力会社だけに負わせていることにある。日本でも自家の風力発電や太陽光発電による電力を買い取る仕組みはあるが,RPS制度(キーワードの「グリーン電力」を参照)に基づいて電力会社に買取り義務を負わせるやり方では,普及効果は限定的と言わざるを得ない。ドイツのFITが順調に推移しているのは,国民一人ひとりが「自然エネルギーの普及」という共通の認識の下,環境税とも取れる「電気代の値上げ」を受け入れたからだ。電力インフラの転換,エネルギー革命といった大事業は,電力会社など一部企業がどうこうして成し得るものでは到底ないのである。だがドイツのやり方をそのまま日本が真似してもうまくいくとは限らない。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)新エネルギー技術開発部 系統連系技術グループの諸住哲・主任研究員は,「自然エネルギー開発投資を国民全体で負担するというコンセンサスを形成するのは,日本ではそう容易なことではない」という見方を示す。電気代の高止まりも,国際競争力の面から見ると得策とは言えない。「日本には日本に合った普及へのシナリオがある」と,諸住氏は考える。例えば,数百棟規模の宅地開発で一斉に太陽光発電を導入するといったプロジェクト型の普及策。1戸あたり200万円強の導入コストを百数十万円程度にまで下げられる可能性がある。実際にNEDOでは,群馬県太田市のニュータウンで553軒の戸建て住宅に太陽光発電設備を設置し,分散型電源を集中的に導入した場合の系統連系技術について,実用化に向けた検討を進めている。プロジェクト型の普及シナリオに弾みをつけるのが,太陽電池の低コスト化である。「世界各国から26種類の太陽電池を取り寄せ,性能を評価しているが,中国やフィリピンのメーカーが作る製品の品質も向上している。遠からず,国際競争と技術の世代交代によって太陽電池の低価格化が進むだろう」という諸住氏は,2009~2010年に普及元年が来ると見ている。現在の発電コスト30円/kWhが,2030年には7円/kWhまで下がるという予測もある。エネルギーは「国から与えてもらうもの」ではなく,「自分で作るもの」。一人ひとりが,次世代の電力インフラはどうあるべきか,グランドデザイン作りに積極的に関わっていく姿勢が求められている。筆者はとりあえず,近頃うわさの化合物半導体系の太陽電池のショールームに週末にも足を運ぼうと考えている。


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