2008年12月9日火曜日



出典:http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/special/081121_mega-solar06-01/index1.html

メガソーラー本番、日本の復権なるか?![PART6]桐蔭横浜大学 大学院工学研究科 宮坂力教授インタビュー(前編)
“オタクの分野”から生まれた新型太陽電池
――色素増感太陽電池とは、どのようなものでしょうか。

宮坂 力 教授(以下、敬称略):  色素増感太陽電池は、カラー写真をつくる技術がルーツになっています。

フィルム写真が登場する以前の乾板写真では、「ハロゲン化銀」の入った乳剤をガラス板に塗って使用していました。このハロゲン化銀という化合物は、光の当たった部分が銀に還元されて黒化する特性(感光性)を持っています。この感光度合いの強弱で、色の濃淡を表現しているのです。現在残っている坂本竜馬や夏目漱石の写真などがそうですね。ハロゲン化銀は青い光にしか感光性を持ちませんから、単体ではモノクロ写真しかできません。

その後、1960年代中頃にカラー写真が一般に普及しました。ハロゲン化銀だけでは一色の濃淡でしか写真を映すことができませんでしたが、カラー写真は複数の色を表現するため、各色に感光する色素を組み合わせています。赤は赤、緑は緑、青は青と複数の色を再現するため、各色の光を吸収する色素を使って“増感”しているわけです。増感という言葉は、光の“感度を高める”という意味で、色素分子を使って写真の光感度を高めることを色素増感といいます。

実は、感光色素が光を吸収すると、ハロゲン化銀粒子に電子が移り、発電が起こります。例えば、ハロゲン化銀を真っ平らな板状にして、表面に色素を吸着し、現像薬の入った電解液に浸けて光を当ててやると電流が流れます。

このような、もともとは写真の感度を上げるために使った技術を発電に応用しているのが、色素増感太陽電池です。


宮坂教授は「色素増感太陽電池には、感光色素を利用したカラー写真技術が応用されている」と説明する

――色素増感太陽電池は、いつ頃から登場したのでしょうか。

宮坂: 「色素増感太陽電池」という言葉が一般的に使われ始めたのは、20年くらい前です。私が研究者として論文などを出し始めたのが1978年ですから、個人的には、色素増感の研究に携わるようになり、今年でちょうど30年目になります。

しかし、色素増感の光発電という原理は、それよりもずっと以前の1960年代終わりには既に確立されていました。カラー写真における、感光色素が光を吸収した際に生じるエネルギーを電力として取り出そうという分野が出来ました。それが電池などと同じ「電気化学」です。

この分野には、最近、普段の生活で耳にするようになったものが全部入ってくるんですよ。例えば、リチウムイオン電池やニッケル水素電池、ニッカド電池、アルカリ電池などのような、いわゆる電解液を使うものです。“元祖”太陽電池はシリコン結晶という固体を使っているので、液体の電解液を使用するこの分野とは無関係ですが、私たちの研究している色素増感太陽電池は、まさに、この電気化学を使って作られるわけです。

さらに細かく言うと、色素増感太陽電池のように光を使って電気化学の反応を起こす(電力を取り出す)分野を「光電気化学」と言います。これはもう、大学でもそのような授業はありませんし、知る人ぞ知る分野という感じで“オタクの世界”になります(笑)。

でも今、1000億円以上の市場に育った抗菌剤や光触媒(※1)は、実はこの光電気化学が生んだ技術です。ノーベル賞の候補にもなっている「本多・藤嶋効果(※2)」の本多健一氏や藤嶋昭氏なども、光電気化学の専門家たちです。

※1 光触媒
自らは変化せずに、光エネルギーで化学反応を促進する物質
※2 本多・藤嶋効果
光触媒の反応のこと。1972年に英雑誌『ネイチャー』に発表された。一方の電極に酸化チタン(光触媒)を使い、そこに光を当てただけで、電流を流さなくても水素と酸素が発生することを発見した。通常、水の分解は、水溶液中に電流を流すことで水が水素と酸素に分解される。
酸化チタンの形状を変えて発電効率11%をクリア
――色素増感太陽電池の歴史は、意外と古いのですね。

宮坂:  確かに古いですね。とはいえ、まだ私が学生時代の1970年代後半には、学術的に「とにかく発電は起きる」という程度で、家庭の電力が賄えるとか、パソコンが動かせるといった、実用レベルにはありませんでした。どの位低いレベルだったかというと、現在の発電効率の11%に比べて100分の1とか、1000分の1とか、その程度だったと思います。




――色素増感太陽電池は、どのような仕組みで発電しているのでしょうか。

宮坂:  構造は非常にシンプルで、電解質溶液を二つの導電性素材の電極で挟んだだけです。一方の電極は透明な導電性の素材に感光性のある酸化チタン粉末を焼き付けて色素を吸着させて作ります。

発電の仕組みは、まず、電極に光が当たると、色素が光を吸収して電子を放出します。この電子は、酸化チタンに移動し、外部回路を経由して対極に流れ、対極から電解液の酸化還元剤に渡されます。電子を放出した色素は、電解液の酸化還元剤から電子を受け取って元の状態に戻ります。この酸化還元を経由した電子の流れが繰り返される仕組みは乾電池とよく似ています。


色素増感太陽電池の仕組み(提供:宮坂力教授)

――発電効率が劇的に向上したのは、何がきっかけだったのでしょうか。

宮坂:  色素増感太陽電池には、写真の感光素材として使われているハロゲン化銀の代わりに「酸化チタン」を使用します。ハロゲン化銀も酸化チタンも半導体の一種で、電子を受け取る性質があります。私が学生の頃には、既に色々な半導体が光発電の目的で試されましたが、淘汰されて、最も安定なものとして残ったのがこの酸化チタンでした。

ただし、当時使われていたのは、酸化チタンの真っ平らな結晶板です。それですと「単分子吸着」といって、分子の厚さ一層にしか色素が付きません。光が当たれば電流は確実に流れますが、色が薄すぎて光を十分に吸収できないという大きな欠点がありました。

ところが1988年に、スイス連邦工科大学のグレッツェル博士が、酸化チタンをナノサイズの球状にすることを思いついたのです。すると、入り組んだ構造となり、色素が付着する表面積がこれまでの約2000倍になりました。光を吸収する色素の面積がこれだけ増えれば、光は通り抜けずにしっかりと吸収されます。その結果、光の吸収率が数百倍も上がり、発電効率も薄膜シリコンと同等レベルまで上がってきたのです。

先ほども言いましたが、現在の色素増感太陽電池の発電効率は最高で11%に達しています。これは、薄膜シリコンの効率にも劣らない高いレベルです。薄膜シリコンは、研究レベルでは12%に達していますが、商品として世の中に出てくるものはもう少し下がります。色素増感は今、研究レベルで11%を超えています。作り方にもよりますが、製品として世に出てくるものが8%位といったところでしょうか。ですから、薄膜シリコンと同じ位のレベルと言えるでしょう。

ロールモデルは「液晶」
低価格でポピュラーなものへ
――日本での研究・普及の様子はいかがでしょう。

宮坂:  日本は研究が非常に盛んで、研究に参画する数は世界に比べて別格の多さです。今、日本は色素増感型太陽電池で2000件以上の特許が出されています。

ですが、色素増感型は太陽電池で唯一、“液もの”を使っていますから、研究者のなかにはこれを嫌う人もいます。エレクトロニクスの世界では、「液体は扱わない」と拒絶する文化があるんですね。

ただし、液体を使っていても認められたものが一つだけあります。それが「液晶」です。液晶も昔は「こんなもの使えない」と言われた技術でしたが、今は巨大なマーケットを作り、日常生活に浸透しています。ですから私は、色素増感太陽電池もいつかは液晶のような存在になるだろうと思っています。研究当初から、シリコン系の太陽電池などと比べると、低コストで物が出来るという期待感もありました。





「シリコン系太陽電池の3分の1の値段を目指す」と語る宮坂教授
――色素増感太陽電池は、なぜ低コストにできるのでしょうか。

宮坂:  まず、酸化チタンが非常に安価で資源量の多い材料だということです。それから電解液も安い。言ってみれば、色素増感太陽電池で使用する材料すべてが安いのです。

唯一、10年近く、高価だと懸念していたのが増感色素に使用するルテニウム錯体でした。ですが、一度に使う量は少ないですし、現在は代替色素の研究もなされていますから、総合的には非常に低コストで製造が可能です。

私も、光電気化学の大御所の先生方からは「こんなものを太陽電池にするのは非常識だ」とずいぶん言われました。「これは学術レベルの話で、実用化するものではないだろう。こんな研究をさせられて、本当は不本意なんじゃないか」と、心配されたことまでありました(笑)。

ただ、いくら低コストに作れるとはいえ、写真の研究者たちは、フィルムの上に乗った色素がいかに脆弱かということをわかっていました。「一度光が当たったら劣化してしまうようなものを屋外に出し、半永久的に使っていくことなど絶対にあり得ない」という批判がありました。




――従来の太陽電池と比べると、どの位安価にできるのでしょうか。

宮坂:  現在の目標は「シリコン系太陽電池の3分の1の値段で量産する」ということです。1平方メートルあたり100ドル以下、1万円以下というレベルです。シリコン系の太陽電池は一番安いものが小売りでだいたい1平方メートルあたり6万円、工場出荷時の原価が2万~3万円だそうです。そこで我々は、工場出荷時の原価を1万円以下にすることを当面の目標にしました。これも一応、達成できるはずだという根拠があり、その根拠のもとに金額を設定しています。

シリコンでは不可能な
“別世界”の値段を現実する
――逆にシリコン系はなぜコストがかかるのでしょうか。

宮坂:  シリコン系の製造コストがどこにかかっているかというと、半導体シリコンを精製する工程の、1400℃という高温と真空です。シリコン系太陽電池は、材料コストを押し上げる二つの要因、“超高温”と“真空”が両方とも求められる技術です。

最近、私が参加しているPVTEC(太陽光発電技術研究組合)という組合で会議があり、「我々が生き残っていくには、(太陽電池の)寿命を延ばすことだ」という話になりました。現在、20年という寿命を40年に延ばす。それは多分可能だから、次は100年まで延ばそうということなのですが、これには少し疑問が残ります。

ビルや橋などに設置したものが100年持つというのはまだしも、一般の民家は普通、100年も持ちませんよね。今は、同じ家に20年住み続けるかどうかも分からないくらいですから、太陽電池を100年間も一般家庭に置きっぱなしというのは、少し考えにくいことです。それはもう、特殊な目的以外には利用できないだろうと思います。

やはり私は、色素増感太陽電池が持つ可能性は、別のところにあると考えています。色素増感型で、これまでの常識から外れた“別世界”の低価格を実現していく。それが出来れば、3年や5年で交換の必要が生じたとしても、十分に採算がとれるはずです。

では、“別世界”とは、どれくらいのレベルかというと、色素増感型は写真の技術を応用して生まれた太陽電池ですから、最終的には写真のフィルムと同じ値段まで下げられる可能性があるということです。

具体的な数字でいうと、私はだいたい1平方メートルで2000~3000円位と予想しています。

このレベルにまで値段が下がれば、様々なアプリケーションが新たに考えられます。

例えば、住宅の屋根に発電効率が8%の色素増感太陽電池を設置しようとした場合、シリコン系の半分の発電効率しか出ないことになります。

シリコンと同等レベルの発電効率を望むなら、面積が2倍必要となり、太陽電池の量も2倍かかるわけですが、値段がシリコン系の10分の1なので金額的には約2割で収まることになります。

ただ、シリコンは20年も長持ちすることに対して、色素増感型は5年で交換が必要になるという耐久性の問題も入ってきます。ですが、値段が10分の1なので、計算をしてみればそれでもまだ色素増感型の方が安いという結論になると思います。

設置面積や小売価格、5年で交換する際の施工費など具体的な要素は省いているので一概にはいえませんが、条件によっては色素増感型がシリコン系を上回る場合があるでしょう。

また、安いだけではなく、軽量でフレキシブル、安全性・衝撃性に優れたものを作れば、太陽電池をホームセンターなどで購入して、自分で設置できるようになるかもしれません。太陽電池の設置工事費が省略されれば、そのためのコストを下げることも可能になるわけです。


宮坂教授は、「最終的には色素増感太陽電池を、シリコン系の10分の1にまで下げたい」と語る
色素増感太陽電池の持ち味を最大限に引き出す
プラスチックフィルム化
――実用化は不可能だと思われていた色素増感太陽電池を、30年間も研究されてきたということは、その可能性を信じていたからですか。

宮坂 力 教授(以下、敬称略):  私は、色素増感太陽電池の普及・実用化の可能性に対しては常に辛口です。今でも「色素増感太陽電池は、形状や特徴をほかの太陽電池と差別化し、用途を特化しなければ普及は難しい」と言っています。

色素増感太陽電池を屋外に設置して、シリコン系太陽電池と同じように使用することもできますし、条件によっては価格的なメリットも生まれるでしょう。ですが、やはり使い方としてはベストではないと思っています。

私がこの大学に来てすぐに始めたことは、色素増感太陽電池の“プラスチックフィルム化”でした。色素増感太陽電池の持ち味を最大限に引き出すには、従来のシリコン系太陽電池ではできなかった、低コストでのフィルム化、フレキシブル化が一番だと考えたからです。

色素増感太陽電池は、今、9割以上がガラス基板の上に作られています。従来のシリコン系太陽電池と同じように屋根に設置して使うなら、もちろんそれで構いません。ですが、太陽電池を洋服やカバン、あるいはパソコンなどに付けてフレキシブルに使おうと考えた時に、ガラス基板だとやはり割れてしまう。シリコン系太陽電池と同じ欠点を抱えるのです。

結晶シリコン太陽電池には、材料が堅くてもろいという弱点があります。いくら表面をプラスチックで保護しても、少しの衝撃やたわみで、中にある結晶が「パリッ」と割れてしまいます。外側に問題はなくても、中身だけ割れてしまうのです。

また、重くて割れる危険のある太陽電池を身に付けたり、持ち歩いたりするなら、使い勝手だけでなく安全性も重要になります。つまり、割れる可能性のあるガラスやシリコンを使うと、どうしても用途的には限界があるということです。プラスチックフィルム化で、そういったシリコン系太陽電池では不可能な分野に入っていこうと考えているわけです。


紙のように曲げ伸ばしできる、フレキシブルなプラスチックフィルム型色素増感太陽電池

宮坂: 今、フレキシブルであることは、ユーザーから当たり前に要求されています。化合物系やシリコン系太陽電池でも薄膜系など、ほかの新型太陽電池でも何とかフレキシブル化しようとしています。エレクトロニクス業界で“フレキシブル化”というのは、ほとんど合い言葉のようになっています。

電子ペーパーなどは序の口で、パソコンまで紙のように持ち運び便利なものにしてしまおうという試みもあります。落としても割れないとか、何トンもの力を加えても壊れないように堅牢にするというアイデアがある一方で、逆に、紙のように丸められる、柔らかいものにしてしまおうという考え方もあるんです。

そのうち、回路がプリントになり、ディスプレイも曲げられるほどフニャフニャなものになって洋服などに貼り付けられるようになる。パソコンや電子ペーパーといった、動かす機器がフレキシブルになったときに、電池だけカチカチに固いものをポケットに入れるわけにはいきません。ですから、電池もフレキシブルにする必要があります。このような動きを「プラスチック・エレクトロニクス」または、「フィルム・エレクトロニクス」と言います。まだ耳慣れないかもしれませんが、今、急速に広がりつつある分野なのです。

これからの太陽電池は
すべての光をエネルギーに換える
――今後、色素増感太陽電池をどのように世の中に普及させていこうと考えていますか。

宮坂:  まず、屋外だけではなく屋内を含めた使い方で、この太陽電池の良さを分かってもらい、市民権を得ていくというのが私の考えです。今、関心があるのは、携帯や移動が可能なモバイル化、屋内設置などです。以前は「屋内に太陽電池のユーザーはいるのか」という質問を散々受けたのですが、現在では、そのようなこともなくなり、色々な業者やメーカーから打診や依頼を受けています。

ただ、市場に出していくためには、やはり「最低限の寿命を保証する」ことが必要になります。最低限の寿命とは、家電製品と同じく保証期間が1年間です。太陽電池の搭載が考えられている機器には、本体そのものの寿命が1年というものもあります。そういう場合は、電池だけ長持ちしてもあまり意味がありません。とはいえ、最初から1年しか持たないものを作るというわけにもいきません。今は、3年から5年の耐久性をメドに考えています。




――どのような商品を視野に入れていますか?

宮坂:  色々なアプリケーションを想定しています。パソコンなどのディスプレイや時計などは当然として、色素増感型の持つ透明性の生きる、窓やステンドグラスといったものも考えられるでしょう。愛知万博(2005年日本国際博覧会)では、緑化壁(※)の上に設置したモジュールも、セル本体がシースルーになっていて、下にある植物にもしっかり光が届き、成長の妨げにならないというものでした。

私は“色素増感太陽電池”という言葉自体に違和感を持っています。太陽光だけで発電するのではなく、蛍光灯や夜のネオンサインなど、様々な光を使って発電しようというのが、私の考えるこれからの「光電池」です。

実際、私のところに来るユーザーが想定しているものの半数は、太陽光の利用を想定していません。ショッピングセンターやデパートなどの、蛍光灯を対象とするケースが増えています。

実は、色素増感太陽電池は、蛍光灯を当てた場合、太陽光に比べて発電効率が約2倍になるという特徴を持っています。蛍光灯は発電に不要な紫外線や赤外線をあまり出していません。色素増感型は可視光によって発電しますから、もともと、屋内の蛍光灯と非常にマッチングが良いのです。逆に、シリコン太陽電池を蛍光灯の明かりで利用しようとすると、発電効率がかなり下がります。ですから屋内環境では、色素増感型の方が発電効率の目減りがずっと少なくなり、性能上も有利になるのです。

※緑化壁:
植物や花で埋め尽くされた巨大な壁。CO2の吸収・酸素の供給、夏季の気温の低減など、都市生活環境の改善や環境負荷の軽減を図ることができる。愛知万博では「バイオラング(生物生命の「バイオ」と肺「ラング」を組み合わせた造語。植物の力で都市を呼吸させる)」というコンセプトで、長さ150メートル、高さ15メートルの巨大な緑化壁が設置された。

プラスチックフィルム型色素増感太陽電池は、セル本体がシースルーになっているため、窓の外の景色が透けて見える

愛知万博では、会場内の緑化壁「バイオラング」(写真左)にプラスチックフィルム型色素増感太陽電池を取り付け。LED電飾の電源として公開と耐久試験を行なった(写真右)
(クリックすると拡大した画像が開きます)
シリコンは「同士」
“すみ分け”で互いの長所を生かす
――色素増感太陽電池の用途を限定する理由は、シリコン系との差別化を図ることにありますか。

宮坂:  そうですね。既存の用途で、シリコン系太陽電池との競争に勝てるかというと、なかなか目に見える成果を得られませんでした。私自身は、今、研究・開発を進めているプラスチック化が答えなのですが、ほかの研究者には理解されにくかったかもしれません。

太陽電池の開発で重視しなければならない3つのポイントは、発電効率と耐久性、コストです。そして、コスト以外では、色素増感型は、どうしてもシリコンに勝てない。発電効率で追いつくことは、かなりハードルが高い。コストは下げられるけれど耐久年数は短い……となると、シリコン系と同じ土俵で戦うのは難しいでしょう。

私としては、30年来かかわってきた仕事ですから、何らかの形で色素増感型を世に出したいという思いが強くありました。太陽電池でなくても構わないと考え、例えばビデオカメラに使っているCCDのカラーセンサーを、シリコンでなく色素増感の画素で作るとか、そんなことを試みたりもしました。

色素増感型が認知されてきた今は、一つの結論として、シリコンとの「すみ分け」を考えています。太陽電池と言った途端、誰もがすぐにシリコンと同じ土俵で競うことを考えますが、そうではなく、よき仲間としてすみ分けることも可能だと思うのです。

シリコン系太陽電池は、高い発電効率と耐久性を持つ、いわば超エリートです。ですから、「狭い面積で大きな電力を得たい」場合には、これまで通り、シリコンを使えば良いと思います。

これに対して、色素増感太陽電池はプラスチックフィルム化することで、一般の人が手に入れやすい超低コストでのデバイスを実現させていきます。さらに、使い勝手を考えて、フレキシブルで軽いという、ユーザーが満足する機能を実現する。そして、透明であるということ。これも、色素増感太陽電池の強みだろうと思います。


幅1メートルのITOプラスチックフィルム(液晶ディスプレイなどに採用されている光を透過する透明電極)。印刷技術を使用すると、このロールを常温常圧で直接作りこむことができるため、将来は、安価で大量生産が可能になる
ニーズの増加から感じる
未来への確かな手応え
――宮坂さんは、これらの研究をもとに立ち上げた、大学発ベンチャー企業「ペクセル・テクノロジーズ社」の社長でもいらっしゃいますね。

宮坂:  この会社は、世界でも唯一の、電気化学エネルギーを光から作る「光電気化学」を専門とするメーカーです。

私は講演などで、この色素増感太陽電池の仕組みや可能性について話をしています。話すということは、ある程度、色素増感太陽電池の技術を明かすことですから、普通の会社は、まずやらないことです。

ところが、私が講演で説明すればするほど、ペクセル社に注文が入ってくる。学生のアイデアが生かされた会社と、大学の先生が行う講演活動や技術紹介、情報発信がユーザーの数を広げて、用途の拡大につながっている。この会社こそ、まさに、大学ベンチャーの典型例であると言えるでしょう。

色素増感太陽電池をめぐる状況については、2007年頃に一変しました。ユーザーのニーズが急速に増え始めたのです。

これまでペクセル社では、外回りなどを一切行っていませんでした。ところが現在は、「あれに使いたい、これに使いたい」「このような製品が欲しい」という話やアイデアが、ユーザーから舞い込んで来ます。

今までは、あるのかないのかも定かではなかった色素増感太陽電池のニーズが、確実に存在し、目の前に広がってきたという印象です。

あとは、それらのニーズに応えられる製品を出して行くだけです。これからも、さらに、色素増感太陽電池の技術を高めていかなければと考えています。

―― どうもありがとうございました。


宮坂教授は2004年3月に、大学ベンチャーとしてペクセル・テクノロジーズ社を設立。他社より一歩先んじて、色素増感太陽電池の実用化を進める



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