2008年8月27日水曜日

忍び寄る温暖化の兆候/ナショナル ジオグラフィック・スペシャルシリーズ「21世紀の実像」


見てわかる地球の危機 2008年6月18日発行
(表紙写真=RETO STOCKLI AND DAVID HERRING, NASA GODDARD SPACE FLIGHT CENTER)


出典:http://premium.nikkeibp.co.jp/em/ngs/33/
http://nationalgeographic.jp/nng/index.shtml
文=ジョエル・K・ボーン Jr.
2008年8月25日(月)公開凍らなくなったタール川 祖父の武勇伝をよく聞かされた。私の祖父は信心深い弁護士で、慎重な人物だった。だが1920年代初めの冬、やっと手に入れた「T型フォード」に浮かれたのか、凍結したタール川を車で突っ切ったことがあるらしい。米国でも五大湖あたりの北部だったら驚くような話ではないが、そこはノースカロライナ州東部で、内陸気候の寒冷地というよりは温暖なフロリダ州中部に近かった。だからこの一件は、家族の間では今も語り草になっている。もしそのとき氷が割れていたら、うちの家系は途絶えていたわけだ。今なら祖父も、こんな無茶は、したくてもできないだろう。私が同じ土地で過ごした1970年代には、タール川が凍ったのはせいぜい一度か二度どまり。それも、子どもがそっと投げた石で割れてしまう程度の薄い氷だった。昨年冬の平均気温は、祖父の時代に比べて1℃ほど高かった。これは気候変動の証拠だろうか。「個別の出来事だけでは、なんとも言えません」と、地元の気象学者ライアン・ボイルズは言う。「地球規模の温暖化は、地域にそのまま反映されるとは限りません。それに局地的な気候は、地球全体の傾向よりも大きな変動を示しがちですから」気候変動のこうした性質がわざわいして、熱波や寒波、ハリケーンといった出来事は注目を集めても、長期的な変化は見過ごされてしまう。頭の固い政治家たちが、気候変動そのものの信憑性を疑ったり、ましてそれが人間のせいだと信じようとしたりしないのは、このためだ。しかし、気候変動の兆候はいたるところで見つかっている。蝶の羽ばたきのようにかすかなものもあれば、記録破りの洪水や干ばつのような大惨事もある。

温暖化で上昇した海面が沿岸の町や村に迫る。米フロリダ州南部のリゾート地では、今後、侵食を防ぐ護岸の設置や海岸の修復事業に多額の投資を余儀なくされるだろう。一方、世界各地の沿岸部に暮らす多くの住民にそんな経済的ゆとりはなく、迫りくる海に追われて内陸の高台に避難するしかない。 写真=ピーター・エシック (c)2008 National Geographic
地球上で影響の及ばないところはない 温暖化を真っ先に感じとるのは、動物や植物だ。春の訪れ、氷の張り始め、氷点下になる日数といった自然界の指標は、彼らの生存に欠かせない大切なシグナルとなっている。「この地球上で、影響の及ばないところなどありません」と、生物界への気候変動の影響を調べてきた生物学者のカミール・パーメザンは言う。「10年前の時点で最悪の影響が予想された極地や高山では、すでに生物種の減少や絶滅が起きています」生き残った種も、変化のまっただなかにある。パーメザンたちの分析では、動植物の40%は生息に適した環境を求めて、高緯度地帯や高地へ移動していた。また60%近い種で、繁殖や開花、渡りの時期に変化がみられた。たとえば北米西部に広く分布していた色鮮やかな蝶(ヒョウモンモドキの一種)は、過去100年の間に、平均気温の上昇と歩調を合わせるように北上し、あるいは高地へ移動した。かつての生息域メキシコでは現在はほとんど姿を見ないが、北限のカナダでは大いに繁栄している。蝶には飛んでいく先があっても、寒さに適応した生物たちには行き場がない。やせ細ったホッキョクグマの姿は、北極の気候変動を象徴する光景としてしばしば登場するし、南極では海氷の変化でペンギンの数が減っている。パーメザンは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第3次評価報告書を2001年に作成した主要メンバーの一人だが、当時より事態は深刻化しているという。「しかも、まだ温暖化はそれほど進んでもいないのです。今すぐに対策を徹底し、生態系の崩壊を食いとめなければなりません」温暖化で繁栄している生物もいるが、残念ながら、ホッキョクグマやペンギンのような人気者ではない。体長約3mmのくせに大食いのアメリカマツキクイムシにとって、今はわが世の春だ。夏の気温が上がって、1年に2世代が繁殖するようになったうえに、最近の北米は冬でもまずマイナス40℃以下にならず、親子ともども越冬してしまう。そのため、米西部からカナダでこの虫が爆発的に増殖し、数万km2の林を枯らした。この勢いでキクイムシが増え続けると、カナダのブリティッシュコロンビア州では、木材生産の主力であるロッジポールマツの成木の80%が5年以内にやられてしまうだろうと、カナダの森林管理官たちは予想する。二酸化炭素濃度の上昇に伴うもう一つの脅威 温暖化の影響が一番はっきり表れるのは海岸だ。海表面の平均温度の上昇は、平均気温の上昇よりもゆっくりとしたペースで進むが、海水は温まれば膨張する。この熱膨張と解けた氷河からの流入が、20世紀初頭から、じわじわと海面を上昇させてきた。今は10年間に3cmほどの上昇率だ。もう一つ、目に見えにくいが長期的には心配な、海洋の変化がある。大気中の二酸化炭素濃度は現在およそ385ppm。化石燃料の燃焼によって、過去数十万年間で最も高くなっている。この二酸化炭素が海水に溶けこむことで、海が酸性化しているのだ。二酸化炭素が水に溶けると炭酸になる。ソーダ水は歯を溶かすが、同じことが海で起きるかもしれない。「pH(水素イオン濃度を示す指数)でみると、ごくわずかな値の変化に思えるかもしれませんが、これはたいへんな事態です」と、世界のサンゴ礁を研究している米国のメーン大学教授ボブ・ステネックは言う。海洋の酸性化が、海の生命にとって脅威と考えられるようになったのは最近のことだ。サンゴ礁や海の生物の骨格や殻をつくるのに必要な炭酸イオンが、酸性化によって奪われてしまうのだという。「酸性化がこのまま進めば、サンゴはどうにも生き残れません」ステネックら17人のサンゴ礁研究者たちは、幅広い調査から、この差し迫った結論に達し、米科学誌「サイエンス」の2007年12月号に発表した。酸性化の影響がまだそれほどひどくないとしても、白化現象はすでに広がっている。海水温が高くなると、サンゴの体内に共生している藻類が失われる現象だ。1997年~1998年には世界のサンゴの16%が白化現象で死滅した。海洋汚染、爆薬や毒を使う破壊的漁法が原因の死滅も合わせると、世界のサンゴ礁の20%以上が回復不能な被害を受けたと推定されている。サンゴ礁は海洋生態系の要であり、サンゴ礁が崩壊すれば、アジアで10億人以上の食を支えている漁業も連鎖的に大打撃を受けることになる。サンゴ礁の経済価値は高く、なかでも食料、観光、沿岸の洪水防止効果の価値を見積もると300億ドルに達すると言われる。以上の記事は日経ナショナル ジオグラフィック社が発行する「見てわかる地球の危機」からの抜粋です。「見てわかる地球の危機」についての詳しい情報をお知りになりたい方はこちら

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