2008年8月6日水曜日

炭素を市場で売買する欺瞞・月尾嘉男の『環境革命の真相』


http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/column/tsukio/080805_tanso/
米価を操作した享保の改革
薩摩藩島津家77万石、熊本藩細川家54万石というように各藩の規模を石高で表現し、遠山金四郎500石、長谷川辰蔵400石というように旗本の家格も石高で表現するなど、江戸時代は米価を経済の基本とする米本位制経済であった。その結果、現在の政府や地方公共団体が税収を増加しようと必死で努力しているのと同様、江戸時代の幕府も各藩もコメによる年貢の増大に努力していた。

五代将軍徳川綱吉の統治した元禄時代には、農民一揆は平均すると年間4件発生していたが、徳川吉宗が八代将軍に就任した享保年間になると、農民一揆の発生件数はほぼ倍増している。就任早々、米価が半値に急落し、逼迫した幕府の財政を再建するため、吉宗は経済の基礎であるコメの増収を目指して関東の飯沼新田や越後の紫雲寺潟新田などの開発を推進したが、その一方で年貢の増徴も実施した結果である。

追加して実行したのがコメの流通機構に介入することにより米価を高騰させる政策である。それまでは米価高騰の原因になるという理由で禁止していた空米取引をまず緩和し、さらに公認する。そしてコメの市場の中心であった大阪堂島に取引市場を設置し、そこでの取引を寡占する権利である堂島米仲買株、先物取引の精算をする金融業者を指定する米方両替商株を公認して相場を統制しようとした。

そのような仮需の増大だけではなく、幕府の年貢60万石を貯蔵する一方で同量を市場から購入し、同様の方法を大名や商人に推奨して実需を増大させ、また、それまでは制限していた酒造を推奨することによる実需の増大も画策した。このような様々な市場介入政策の結果、コメは投機の対象となり、大名などの武士階級に帰属していた実権が商人に移行していくこととなった。

繰り返される基軸資源への投機
これは米本位制経済だけのことではない。江戸時代も後期になると、関東は金本位制経済に、関西は銀本位性経済に移行していくが、そこでも同様に投機が横行し、幕府は金貨の改鋳、量目の減少により対抗し、各藩は地域通貨である藩札を乱発して財政を改善しようとした。これらは実体経済には対応しない仕組であり、次第に経済はインフレーション傾向になり、幕末の破綻に突進していくことになる。

戦後の世界経済は終戦間近の1944年に締結されたブレトンウッズ協定によって決定された固定比率のドルの金兌換制により維持されてきたが、アメリカの財政赤字と貿易赤字の拡大によりドルの実質価値が低下し、先行きを見越して経済が順調な日本やドイツの通貨への投機が殺到しはじめた。そこに突発したのが1971年8月15日にニクソン米大統領が発表をしたドルの金兌換制の廃止宣言である。

このニクソンショックにより、金兌換制の呪縛から解放されたドルをアメリカ政府が乱発し、その結果として市場に氾濫したドルが様々な思惑によって各国の通貨を蹂躙し、94年のメキシコのペソの暴落、97年のタイのバーツの下落、韓国のウォンの崩壊、98年のロシアのルーブルの危機など、各国で通貨危機が発生し、世界経済は混乱の極致に到達した。

日本は通貨危機こそ回避できたものの、余剰資金の流出する出口として土地や建物への投資規制を緩和したため、都心の土地が坪当たり1億円にもなり、値段のなかった山奥の山林が高値で売買されるなど、土地狂乱とでも表現できるバブル経済に突入した。その破綻の傷跡は現在でも治癒できないほどの打撃となり、世界一流の経済国家であった日本は三流の経済国家に撃沈した。

投機対象となる炭素本位経済
ここまで紹介してきた事例に共通するのは、コメ、金銀、ドル、土地などを基軸とする○○本位経済が社会に登場すると、それが投機対象となり、過度の投機により経済のみならず国家や世界が破綻するという事実である。最近のサブプライムローン問題が象徴するように、余剰資金はガン細胞のように投機目標を襲撃して健全な細胞を破壊するが、現在、投機とは無縁であった環境問題が標的になろうとしている。

京都会議により京都メカニズムという制度が登場した。二酸化炭素排出量取引、共同実施(JI)、クリーン開発機構(CDM)という3種の仕組が用意されたが、これらは設定された削減目標を達成できない国家への救済、もしくは罰則という妥協の産物であり、これによって炭素という物質を市場で売買するという仕組ができたというだけのことである。

穀物を取引する市場が活況になっても穀物という実体の増減には関係なく、土地の売買が活発になっても土地そのものが増減するわけではない。炭素についてもヨーロッパには取引市場が登場して売買されはじめているが、それによって空中の炭素が減少するわけではない。しかし、大気温度の上昇を阻止することが21世紀の人類の最大の課題となれば、経済は確実に炭素本位経済に移行する。

それはすでに現実であり2005年から取引を開始した市場の規模は当初は1兆3000億円程度であったが、06年には3兆6000億円、昨年は4兆1000億円、今年は10兆円に到達し、20年には100兆円以上になるという予測もある。そして投機資金が市場に流入しはじめ、炭素の単価は急増している。これらが炭素の削減に効果があれば我慢できるが、現実には炭素バブル経済の原因となるだけである。

だれも所有しない炭素の売買の罪悪
ニュージーランドの先住民族マオリと大英帝国とは1840年にワイタンギ条約を締結し、マオリ民族の土地保有の権利は保障するが、その売買の相手は大英帝国のみということになった。一見、先住民族に配慮した内容のようであるが、元来、土地は大地の女神パパトゥアヌクから借用しているだけという概念のマオリの人々にとって本質は理解できず、結局、英国からの移民に土地を収奪されていく結果になった。

アメリカ西部の先住民族スクワミシュ・ドワミシュの族長シアトルが地元知事アイザック・スティブンスから土地の売却を強要されたとき「どうすれば空気を売買できるのか? 大地は売買できるものなのか? この清浄な空気も湧出する清水も自分のものではないとしたら、どうしてそれらを売却できるのか?」と発言したことが記録されている。先住民族にとって、土地私有の概念は存在しなかったのである。

当然、炭素を私有している人間も存在しない。それを市場で売買するという仕組は所詮、仮想のものである。石油市場の限界を見透かし、炭素本位経済が構築され、世界の余剰資金が炭素取引市場に流入し、再度、浮利を獲得しようという思惑が渦巻いている。これは沈没しつつある地球という客船の船室でカードゲームに一喜一憂する醜悪な光景である。本来は世界一揆の状況なのである。






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