今回開発された熱電変換材料。鉛テルルにタリウムを加えたものであるため、取り扱いには注意が必要になる。
出典:http://wiredvision.jp/blog/yamaji/200809/200809021301.html
7月25日、学術雑誌「Science」に1本の論文が掲載された。オハイオ州立大学、大阪大学、カリフォルニア工科大学の共同チームが、従来の2倍の効率を実現する熱電変換材料を開発したというのだ。熱電変換とは、その名の通り、熱を直接電気に変えること。高効率の材料が作られたことで、廃熱からの発電にも実現の目処が立ってきた。熱電変換材料の最新状況について、大阪大学の山中伸介教授、黒崎健助教にお聞きした。
宇宙探査機の原子力電池は熱電変換装置
──従来に比べて2倍の効率を達成する熱電変換材料を開発されたそうですね。熱電変換というのはあまりなじみがない言葉ですが、どういうものでしょう?
山中:あらゆる固体には、両端に温度差を付けると起電力(電流を流し続けようとする力のことで、単位はV(ボルト))が生じるという性質があり、これを「ゼーベック効果」と呼びます。どんな材料にもゼーベック効果はありますが、私たちの身の回りにある鉄などの金属では、1度の温度差で数マイクロボルト程度にしかなりません。温度計などには一部利用されていますが、発電に使えるほどではまだないのです。ゼーベック効果自体は1800年代前半に発見されましたが、実用的な発電を行うにはまだ材料が追いついていないのが現状です。
──発電にはまったく使われていないのですか?
山中:コストを度外視してもよい分野では実用化されています。例えば、深宇宙への探査機です。深宇宙では太陽光で発電ができないため、原子力電池で必要な電力を得ます。熱源となるのはプルトニウム238で、この物質を固めておくと1000度くらいの熱が発生するのです。宇宙空間は絶対零度近くになりますから低温と高温の温度差が十分にあり、熱電変換材料を間に挟んでおけば発電が行えるというわけです。いわゆる原子力電池と呼ばれているものはこのような仕組みで熱電変換を行っています。
このほか、腕時計用電源は発電量が少なくて済むこともあり、すでに製品化されています。この場合は、体温と外気温の温度差を利用するわけです。
ちなみに、ゼーベック効果とは逆、つまり電気をかけると温度差が生じる「ペルチェ効果」は実用化が進んでおり、身近なところではCPUの冷却などに用いられています。コンプレッサーのように大がかりな仕組みを使わなくとも冷却が行えるため、今後ますます応用範囲は広くなっていくでしょう。
熱電変換の効率を測る指標ZT
──従来の熱電変換材料は、どれくらいの性能だったのでしょう?
黒崎:その前に、熱電変換材料を評価するための指標について説明しておきましょう。熱電変換の性能評価には、ZTという値が使われます。
ZT=S²σ/κ×T
Sはゼーベック係数で、1度の温度差がある時に生じる起電力の大きさです。σは電気伝導率。材料の内部抵抗が高いと、外に電気をうまく取り出すことができません。S、σが高いほどよい材料ということになります。一方、分母のκは熱伝導率です。熱伝導率が高いということは、材料の温度がすぐ均等になってしまいますから、熱電変換材料には不向きということです。Tは、絶対温度を示します。
要するに、起電力が大きくて、電気伝導率が高く、熱伝導率が低い。こういうバランスの取れた材料ほど、熱電変換の効率がよいということになるのです。
材料は炉の中で溶融させたあと、いったん粉末にする。その粉末に、ホットプレスという機械(写真)で高温高圧をかけて焼結させる。
発想の転換がもたらした高効率の熱電変換材料
──ZTは高ければ高いほどよいのですか?
山中:はい。ZTが10くらいになると、まったくロスのない理想的な材料ということになります。1960年以降、ZTは1程度で頭打ちになっており、これだと変換効率は数パーセントです。熱電変換の分野で目標としているのはZTが2を超えることで、こうなると最大変換効率は20%になります。
ごく最近になって、ZTが1.5に近い材料もいくつかの研究チームから報告されるようになってきました。ただ、1.5を達成した材料でも再現性の低いものが少なくないのです。我々の熱電変換材料は1.5を実現しており、なおかつ再現性が高いということがポイントになります。
──製法などに特徴があるのでしょうか?
黒崎:ZTが1を超える熱電変換材料を作るには、いくつかのアプローチがあります。1つは、ナノテク技術を使うやり方です。材料の上に薄膜を積層することで熱伝導率だけを下げ、普通の材料では出せないZTを達成するのです。あるいは、偶然発見された熱伝導率の低い物質を用い、その電気伝導率を高めるというアプローチを取っている研究チームもあります。我々の研究室も元々はこういう探し方をしていました。
一方、今回の熱電変換材料は、オハイオ州立大学のHeremans博士の提案に基づいています。彼によれば、用いる材料はすでに知られているものでよく、熱伝導率は極端に低くなくてもかまわないというのです。この材料に含まれる電子のエネルギー状態を操作することで、起電力や電気伝導率を高めることができれば、ZTの高い化合物を作れるというのが彼のアイデアです。この手法ならば、材料に微量の元素を加えて溶かして固めるだけですから、製法が比較的シンプルになり、再現性も高くなります。
──どのような材料を使っているのですか?
山中:鉛テルルに少量のタリウムを添加しています。
──いずれも毒物ですね。
山中:これらの物質自体は、熱電変換の世界では古くから知られており、試行錯誤的に材料を混ぜ合わせることは今までにも行われてきました。今回は、電子のエネルギー状態を変えるためにどうすればいいのかを理論的に予測して、それを実証できたことに意義があります。
テルルやタリウムは資源量も少なく、毒物であるため取り扱いが難しいのですが、今後はこの理論に基づいて無害な物質を使った熱電変換材料を作れる可能性もあります。熱電変換における1つのブレークスルーといえるでしょう。
──どのような研究体制なのでしょうか?
黒崎:オハイオ州立大学のHeremans博士が理論的な予測に基づいて、材料の配合を提案しました。我々の研究室は独自技術を使って試料を作り、カリフォルニア工科大学のチームが試料の特性を測定しています。
自動車の燃費向上や太陽電池パネルとの連携に利用
──今後の研究開発ロードマップを教えてください。
山中:熱電変換に使われる素子は、p型、n型という特性の異なる2種類の半導体で構成されます。今回開発したのはp型ですが、n型のZTも1.5を超えれば、変換効率が10%以上の熱電変換素子が作れます。こうなると、廃熱を回収して発電することもコスト的に可能になるでしょう。
環境やエネルギー問題を考えると、1年は無理にしても、5年から10年の間には熱電変換による発電技術を世の中に出していく必要があると考えています。
──どのような用途に使われることになるのでしょう?
山中:この研究に資金提供している米国BSST社の親会社アメリゴン社は、自動車部品を扱っています。自動車部品に使うことは当然想定しているでしょうね。トヨタのプリウスでは、廃熱を熱湯として蓄えて、エンジン始動時に再利用することで燃費の削減を図っています。自動車の廃熱利用はこれほどに大変なのです。こうしたところに熱電変換技術を応用すれば、より一層燃費を節約できるでしょう。自動車の場合、熱電変換技術を使うことでラジエータをなくすことも可能だと思います。そうすれば、デザイン的にも相当なインパクトの自動車が作れるはずです。
また、太陽光電池パネルとのハイブリッドや、燃料電池の廃熱を有効利用するといったことも考えられます。
研究者プロフィール
山中伸介(やまなかしんすけ)
昭和54年3月、大阪大学工学部原子力工学科卒業。昭和56年3月、大阪大学大学院工学研究科原子力工学専攻博士前期課程修了。昭和58年6月より大阪大学助手、同助教授を経て、平成10年5月より同教授。専門は、環境・エネルギー材料工学と核燃料工学。幅広いエネルギー変換技術や、社会・生活に役立つ技術を構築することを目指し、日々研究をすすめている。
黒崎健(くろさきけん)
平成7年3月、大阪大学工学部原子力工学科卒業。平成9年3月、大阪大学大学院工学研究科原子力工学専攻博士前期課程修了。平成10年8月より大阪大学助手、現在に至る。専門は、環境・エネルギー材料工学と核燃料工学。平成17年8月、国際熱電学会最優秀論文賞受賞。
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