2008年9月18日木曜日

太陽光発電などに巨額補助・民生対策の決定打模索する霞ヶ関


出典:http://premium.nikkeibp.co.jp/em/column/torii/34/

業務部門に次いで増加率が高い家庭部門の二酸化炭素(CO2)排出について、政策レベルで積極策が検討されている。2008年8月25日の日本経済新聞夕刊では「ITでエアコン制御、家庭にも省電力技術、総務省、官民で開発へ」として、外気温に連動してエアコンの設定温度を自動調整するアイデアが掲載されている。

 また、来年度予算の概算要求が出揃うなか、2008年8月22日の日経新聞朝刊などが、住宅用太陽光発電システムの導入費用補助やカーボンフットプリント導入を経済産業省の温暖化対策として紹介している。

 冒頭に紹介したニュースには続きがあり、「将来的には家庭での電力消費を外部から調整可能にする」という。家庭部門でのCO2削減は喫緊の課題であるが、市民の自由を制限することにもなりかねない施策だけに慎重な検討が必要とされる。

電気を使う自由が奪われる? 「ITでエアコン制御、家庭にも省電力技術、総務省、官民で開発へ」という見出しの記事が、2008年8月25日の日本経済新聞夕刊に掲載された。気温などを測るセンサーを家庭に設置し、これと家電製品を連動させて「外気が涼しくなると自動的にエアコンの設定温度が上昇する」といった機能を持たせるという。ここまでであれば何の変哲もない記事で、技術的にも挑戦的とは言いにくい。

 しかし、この記事は、見方を変えれば「革命的」とも言える内容を含んでいる。「将来はインターネットで家庭と電力会社、公共機関などを接続。電力需要が逼迫する真夏などに、外部から電力量を調整できるようにする」と、記事は続く。エアコンの設定温度や、いつテレビを見るかは、電力料金を負担しさえすれば、本来は個人の自由のはず。「環境問題を理由に、その自由を制限する」とも読めてしまう。

 環境省の環境統計集をひもとくと、2005年度の家庭部門からの二酸化炭素(CO2)排出量は約1億7430万tで、1990年の1億2750万tに比べて36.7%の増加となっている。主要なエネルギー消費部門のなかで1990年比の増加率を見ると、オフィスや店舗などの業務部門が44.6%増と最も高いが、家庭部門はそれに次ぐ増加率となっている。日本がCO2の排出削減で、京都議定書で定めた国際約束を果たすには、家庭の省エネを進めることが重要な課題の一つというわけだ。

来年度予算の目玉は太陽光発電 各省庁による来年度予算要求(概算要求)が締め切られ、それぞれ来年度の施策が出揃った。そのなかから家庭向けの施策をピックアップしてみよう。施策の第一は、国による補助である。2008年8月22日の日経新聞朝刊、8月26日の朝日新聞朝刊などが、経済産業省の施策を報じている。これらの報道によると、住宅用太陽光発電システムの導入費用補助や家庭用燃料電池コージェネレーション・システムの導入補助などが家庭用施策の目玉になっている。

 家庭での太陽電池利用については、1994年度から2005年度まで、国による補助が行われてきた経緯がある。当時の政策意図には二つの側面があり、一つは太陽電池の普及、もう一つは普及に伴う量産化で製造コストを下げることだった。この結果、制度の導入当初は、1kWあたり90万円程度だった太陽電池の価格は、2005年には20万円以下になった。補助制度を終了したのは、政策目的が達成されたと判断したからである。

 太陽電池に対する補助が再び具体化し始めたのは今年6月ごろ。2008年6月5日の日経新聞朝刊は、自民党の「日本の活力創造特命委員会」が太陽光発電の年間導入量を2010年までに10倍の規模にすることを求めたと報じている。さらに、福田康夫首相が6月9日に発表した温暖化対策に関する、いわゆる「福田ビジョン」は、「太陽光発電世界一の座を奪還するため、導入量を2020年までに現状の10倍、2030年には40倍に引き上げる」という目標を掲げた(2008年6月10日日経新聞朝刊)。経産省の施策はこれらを受けたもので、238億円の来年度予算を要求している。

 一方、燃料電池コージェネレーション・システムの導入補助は、東京ガスなどが来年度から家庭用燃料電池の販売に乗り出すのを支援するという意味合いがある。量産しても1基当たり200万~250万円と高額で、普及には補助が必要との判断から,約70億円を予算要求している。

 そのほか、エネルギー統計上は「運輸部門」の省エネとされるために、家庭向けに分類すべきか迷うところだが、経産省の施策としてクリーンディーゼル車の購入補助がある。

 また、こちらは果たして、省エネが主たる政策目的であるかどうか不明だが、2008年8月16日の日経新聞朝刊が、「省エネ性能の高い住宅や長期間住める200年住宅、2世帯住宅などを対象に税金の優遇策を新設する」という、国土交通省の住宅ローン減税政策を紹介している。住宅ローンについて、借入額2000万円分を上限に6年目まで借入額の1%、それ以降10年目までは0.5%を、所得税から差し引くのが現行の住宅ローン減税だが、今年度でこの制度の期限が切れることから、国交省は、省エネ住宅などを控除対象とする新たな制度を導入するという。
各省庁が導入狙う「カーボンフットプリント」 政府の施策のもう一つの柱が、カーボンフットプリント(温室効果ガスの排出量表示)である。2008年5月8日の日経新聞朝刊は、「消費者が店頭で買う商品をつくる過程で排出した温室効果ガスの量を商品ごとに表示する制度の普及に向け、経産省と民間企業が取り組みを始める」と報じた。すでに引用した2008年8月22日の日経新聞朝刊でも、これを経産省の主な地球環境対策の一つとして取り上げている。

 経済省の取り組み以外でも、2008年5月14日の日経新聞朝刊では、「農産物もCO2排出量表示、農水省、仕組み検討」という農林水産省の取り組みを紹介している。さらに、2008年7月2日の朝日新聞朝刊によると、環境省は上下水道などの公共サービスや公共交通機関による移動、宅配便の利用、ホテル宿泊などのさまざまなサービスについて、CO2などの温室効果ガスの排出量の「見える化」を進めるために、有識者による戦略会議を設置したという。これら農水省や環境省の施策が、来年度の予算として実現するかは不明だが、カーボンフットプリントがこれらの分野にも普及するのは時間の問題であろう。

 家庭の省エネが極めて重要な課題であるにも関わらず、家庭に大きな影響を与える政策手段となると、実は、はなはだ心細い。ある程度、実効を期待できる施策は、省エネ機器の導入に対する補助金や税制優遇ぐらいである。そのほかとなれば、カーボンフットプリントや「冷房の温度は28℃にしましょう」といった呼びかけ程度しかない。

 買い換えの予定があれば、補助の出る省エネ型の家電製品などを選ぶことを期待できるが、補助金があるからといって、新たな買い換え需要が喚起されるとは考えにくい。消費者の意識が高まってきたとはいえ、呼びかけやカーボンフットプリントで、統計上、意味があるほどの効果を生むのは、なかなか難しいと言わざるを得ない。

 このような視点から、冒頭に紹介した総務省の「ITでエアコン制御、家庭にも省電力技術、総務省、官民で開発へ」という施策は、真の意味で革命的である。しかし、家庭に対するこのような強制策が人々に受け入れられるかは、大いに疑問である。言い過ぎとの批判を覚悟でいえば、自由主義を謳歌した結果としての地球的な危機を回避するには、自由という快適さも犠牲にせざるを得ないのかもしれない。


鳥井 弘之 氏 (とりい ひろゆき)
NPOテクノ未来塾理事長、科学技術振興機構JST事業主幹

1942年東京都生まれ。1969年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。1969年日本経済新聞社入社、1987年より論説委員を務め、2002年日本経済新聞社退社。2002年から2008年3月まで東京工業大学原子炉工学研究所教授。また、科学技術・学術審議会臨時委員などを務める。

主な著書に『原子力の未来―持続可能な発展への構想』(日本経済新聞社)、『科学技術文明再生論─社会との共進化関係を取り戻せ』(日本経済新聞社)、『どう見る、どう考える、放射性廃棄物』(エネルギーフォーラム)、共著に『「原発ごみ」はどこへ』(エネルギーフォーラム)などがある。



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