2008年10月24日金曜日

エコに群がる世界マネー【第3回】お家芸の太陽電池で日独逆転!なぜニューマネーは日本を迂回するのか


出典:http://diamond.jp/series/ecobiz/10003/
太陽電池の敗退は、日本の産業政策の失敗も一因だ。
ぶれない政策にこそ、投資資金は流入する。

 シャープのある首脳は、苦虫を噛みつぶしたような表情を隠さなかった。
7年連続で死守してきた太陽電池生産量世界一の座を、2007年はドイツのQセ
ルズに奪われることが確実になった、との情報が飛び込んできたのだった。
 第3位に急浮上した中国サンテック・パワーの追撃からはからくも逃げ切っ
たが、それも0.6ポイントと僅差だ。危うく、首位から3位まで一気に転落する
ところだった。
 英国人のCEOら4人の創業者が、ドイツでQセルズを設立したのは1999年。
2001年に生産を開始し、わずか4年後の2005年に、フランクフルト証券取引所
に株式を公開した。
 サンテックは太陽電池の研究者だったCEOが2001年に創業。2005年に中国企
業として初めて、ニューヨーク証券取引所に上場した。
Qセルズはここ5年で50倍、サンテックに至っては、4年で100倍と、両社の収
益は急激に拡大した。一方のシャープの2008年3月期の太陽電池事業は、売上
高は1510億円と前年実績を0.3%下回り、36億円の営業赤字に終わった。
 シャープは1959年に太陽電池の研究に着手し、人工衛星や灯台用で実績を積
み、1994年に住宅用の生産を開始した。京セラ、三洋電機、三菱電機といった
その他日本メーカーも、75年前後に開発に着手し、商業用から民生用に事業を
展開していった。2005年までは、日本メーカーが生産量シェアの半数以上を握
る、“お家芸”だった。
 では、なぜQセルズとサンテックに逆転されたのか。
 理由は3つある。第一に、太陽電池がコモディティ化したこと。製造ノウハ
ウは製造装置に集約されるようになり、米アプライドマテリアルなどの装置メ
ーカーは、製造ライン丸ごとを納入し始めた。技術における参入障壁が大きく
引き下げられ、地代や人件費などのコストに競争力のベクトルが移るという、
半導体メモリや液晶パネルと相似形の歴史を刻み始めたのである。しかも、半
導体ほどの巨額投資の必要はない。新規参入企業はすでに世界で200社を超え
る、といわれている。
 第二に、Qセルズとサンテックが、ドイツが採用した手厚い優遇政策を追い
風にしたこと。ドイツは2000年に「再生可能エネルギー法」を制定、2004年に
「フィード・イン・タリフ」と呼ばれる電力買い取り制度を導入した。電力会
社は家庭や事業所が太陽光発電した電力を、通常より3倍近く割高な固定価格
で20年間にわたり買い取る義務を負う。Qセルズでは39%、サンテックでは35
%がドイツ市場における売上高だ。
 第三に、そうした政策を背景に、安定したキャッシュフローを見込んで、投
資マネーが流入したことだ。Qセルズもサンテックも、上場時に調達した資金
は4億ドル。それ以降、両社は生産規模を急速に拡大していった。
http://diamond.jp/series/ecobiz/10003/?page=2
 シャープについて付け加えれば、原料のシリコンの調達に失敗したことも痛
かった。シリコンは半導体向けに供給され、その残りが太陽電池に回されてき
た。だが、太陽電池の生産量が急増したために需給が逼迫、シリコンメーカー
との長期調達契約に乗り遅れたシャープは、フル生産できなかった。

ニューマネーは欧州、米国、中国に向かう
 Qセルズとサンテックの躍進の裏には、日本の産業政策上、産業構造上の問
題が潜んでいる。
 日本にもかつて住宅での太陽光発電に国の補助制度があった。1994年にスタ
ートし、2005年に撤廃されるまで、累計して1340億円が投じられた。日本メー
カーの成長の背景には、国家が用意した肥沃な国内市場があったのである。
 だが、補助制度が打ち切られた翌年に、初めて単年の導入量が減少に転じる。
現在も地方自治体などによる補助制度は存続しているものの、そこから日本メ
ーカーのシェアがずるずると低下したことを見れば、日独逆転は国の補助制度
と無縁とは言い切れまい。
 あわてた政府が今年6月に発表した温暖化対策指針、いわゆる「福田ビジョン」
では、「太陽光発電世界一の座を奪還するため、導入量を2020年までに現状の
10倍、2030年までに40倍に引き上げることを目標とする」ことがうたわれた。
現在、制度設計の再構築も視野に入れた補助制度の復活が議論されている。
 その議論において最も重要な点は、こうした産業政策は、国内メーカーの競
争力促進にとどまらず、むしろ投資リスクを軽減することによって、世界中か
ら資金を呼び込むことに目的があることだ。国のミルク補給には限界がある。
 また、それが国内需要のみを前提とした視野の狭い産業育成であってはなら
ない。国内では市場の拡大が見込めなくとも、海外市場に活路を見出せる場合
もある。日本勢が出遅れた風力発電の失策を繰り返してはならない。
 前章でも述べたが、クリーンテクノロジーをインターネットに続く産業革命
と見据えたベンチャーキャピタルが、続々と関連ベンチャー企業に投資してい
る。
 Qセルズも例外ではない。たとえば大手ベンチャーキャピタルのエイパック
ス・パートナーズは、Qセルズに約14億円投資し、約390億円に上る上場益を
得たと伝えられている。
http://diamond.jp/series/ecobiz/10003/?page=3
 国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP―FI)や調査会社ニューエ
ナジーファイナンスが行なった調査によると、2007年の1年だけで、昨年実績
を60%も上回る1484億ドルのニューマネーが、再生可能エネルギーにつぎ込ま
れている。企業買収を含めば、その額は2040億ドルとなる。
 そのうちの約40%がEUに、約20%が米国に、約7%が中国に流れていると
見られる。先の調査は中国の再生可能エネルギー投資は、水力系を除いて108
億ドルと前年実績の4倍以上に拡大したと報告している。しかし、日本へのニ
ューマネーの流入は、おそらく全体の1%にも満たないだろう。
 「ドイツを中心としてEUには、エネルギー安全保障上の問題から、ロシア
へのエネルギー依存度を下げなければならないという危機感が強い。同時に、
クリーンテクノロジーにおける国際競争に先行するという、強い政治的決意、
具体的でぶれない産業政策がある。どれも、今の日本にはない」とUNEP―
FI顧問の末吉竹次郎氏は危機感をあらわにする。
 日本のあいまいな産業政策が、企業と投資家の投資意欲を削いではいないか。
「中長期的な産業政策は、企業や投資家にとって、技術の将来性や投資リスク
を判定するうえで重要な判断材料となる」と、ベンチャーキャピタル兼コンサ
ルティング会社、ドリームインキュベータの山川隆義社長は言う。
 日本の産業風土にもまた、課題がある。妄信的なものづくり信仰、リスクマ
ネーへの抵抗感が、日本企業経営のスピード感を奪っている。
 「世界中の企業が、ユニット当たりのコストをできるだけ早く極小化するた
めに、事業化、量産化のための投資を広く呼び込もうとする。しかし、多くの
日本メーカーは時間がかかっても、それを粛々と自社の技術革新で行なおうと
している」(山川社長)
 シャープが、太陽電池の首位奪還のために、現在主流の多結晶シリコン型で
はなく、効率のよい薄膜型の量産を急ぎ、さらに非シリコンの技術革新を見据
えているのもその一例だ。
 2009年秋稼働を目指し大阪・堺市に薄膜型の新工場の建設を進めているシャ
ープは、タックスヘイブンに本社を登記し、ニューヨークに上場、多国籍展開
を加速するサンテックのような企業と、今後も激しいコスト競争を強いられる。
 液晶と太陽電池に経営リソースを集中投下することを明らかにしたシャープ
には、投資資金を呼び込むポテンシャルがあろう。だが、日本のクリーンテク
ノロジーはほとんど、大企業の一部門として埋もれたままだ。MBO(経営陣
による買収)の案件も、続かない。そもそも投資の受け皿がないのだ。
 たとえば現在、日本で数多発売されている「エコファンド」と呼ばれる投資
信託に組み込まれている銘柄は、トヨタ自動車、三菱商事、新日本製鐵など、
日本を代表する企業だ。これでは大型株ファンドとたいした違いはない。
 クリーンテクノロジーへのマネーの奔流が、日本を迂回し始めた。これこそ、
未来を先取りした危機である。



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