2008年11月14日金曜日

最新技術を生む開発の現場#3--クリーンエネルギーの大本命! 次世代太陽電池で世界をリード (三菱重工業/ 薄膜型太陽電池)


出典:http://japan.cnet.com/workstyle/special/story/0,3800083108,20382584,00.htm
 地球温暖化など環境問題が叫ばれる中、石油・石炭といった化石燃料に代わ
る自然にやさしいエネルギーとして注目されているのが太陽電池だ。この分野
で日本は長年、世界をリードする立場にあった。にもかかわらず、ここ数年で
状況は一変。ドイツ、中国などの生産量・導入量が一気に増大し、主導権を奪
われつつあるのも事実だ。そんな太陽電池業界で、独自の高度な技術により躍
進をめざす三菱重工業・長崎造船所の諫早工場を訪問。太陽電池の現状と未来
についてお話をうかがった。

 太陽光発電は自然にやさしい最高のエネルギー
三菱鉱業株式会社 長崎造船所 太陽電池事業ユニット
 事業ユニット長 渋谷修さん(写真右)
 製造課 主任 山根司さん(写真左)

 今年の夏も、暑かった。強烈に降り注ぐ太陽光線の下、エアコンをガンガン
に効かせた部屋で、大画面テレビを楽しむ……と、ふと考えてはみまいか。そ
う、エネルギーのことを。

 いまさら改めて記すまでもないだろう。私たちの地球は、エネルギー問題に
直面している。石油を代表とする化石燃料は枯渇の危機を迎えているだけでな
く、CO2の排出で地球環境にもたらす負の側面もすでに以前から指摘されている
ところ。その一方で、人口爆発の問題は深刻度を増すばかり。発展途上国の経
済発展も着実に進み、100年後のエネルギー需要は現在の4倍に達すると予測さ
れている。
 そこで目を向けたくなるのが、空でギラギラと輝く太陽の存在だ。強烈な陽
射しを地球に降らせ続ける、ありがたいお天道様。その光線を利用する発電シ
ステムが、太陽光発電である。発電過程でCO2やNOxを排出しない太陽光発電は、
まさにクリーンエネルギーの代表格。しかも太陽光線は、空に太陽があるかぎ
り無尽蔵で、地球上のどこでも平等に降り注ぐ最高の自然エネルギーといえる。
 2005年における世界の総発電量は約160兆kWhにもなるが、陸地のわずか0.1
%の面積に太陽光発電システムを設置すれば、そのすべてを賄えるという。ド
イツ政府の諮問機関による予測では、将来、全世界のエネルギーの大部分が太
陽光発電によって供給されるようになるという(図1参照)。

[図1]全世界エネルギー供給見通し

伸びゆくヨーロッパ、そしてニッポンは……
 長崎県諫早市にある三菱重工・長崎造船所の太陽電池工場を訪れたのは、皮
肉にも、九州地方に台風15号が最接近した秋の日だった。朝から曇り空、そし
て雨模様。日照時間がほとんどなく、太陽電池の取材には最悪と思えるコンデ
ィションだった。こんな日に発電は無理ですよね?と太陽電池事業ユニット長
の渋谷修さんに話を向けると「一日中曇りや雨という日でも、光が少しでもあ
れば太陽光発電はできるんですよ」との答えが返ってきた。
 実は日本は、太陽光発電の世界でリーディングネーションだった。「太陽電
池といえばメイド・イン・ジャパン。これがちょっと前までの世界的な常識だ
ったんですが……」。太陽電池事業ユニット製造課主任の山根司さんがそう言
った。過去形となっている部分がやはり気になる。
 太陽光発電の年間導入量において、日本は2003年まで世界トップの座にあっ
た。しかし2004年には、ドイツが驚異的な伸び率を見せて一気にトップへ浮上。
その後もさらに突き放されていく勢いだ。太陽電池の地域別生産量も、日本は
2006年まで世界トップをキープしていたが、いまやヨーロッパ諸国の合計量に
抜き去られてしまった。国別生産量では2006年実績で日本がまだトップを死守
しているものの、これも2位・中国、3位・ドイツが大幅な伸びを示しているの
に対し、日本は鈍化あるいは減少傾向。このままでは、首位の座を守るのは危
うい状況といわざるをえない。
 日本がリーディングネーションから滑り落ちた背景には、原料となるシリコ
ンウエハーが不足したこともあったが、より大きな要因として、ドイツに代表
されるヨーロッパ諸国の積極的な補助政策の存在がある。ことにドイツでは
「フィード・イン・タリフ」(FIT)という太陽光発電の固定価格買取制度が
効果を発揮し、太陽電池が爆発的に浸透。農家が農地を転用して太陽電池プラ
ントを設置するなど、太陽光発電の積極的な導入が図られている。この動きは
ドイツだけでなく、ヨーロッパ諸国全体へ広がる傾向にあり、今後はスペイン、
イタリアといった南欧諸国でも太陽光発電のさらなる浸透が進んでいくものと
みられている。
 一方の日本はといえば、ここ数年の補助金撤廃や国の支援政策打ち切りなど
によって生産・導入がともに伸び悩んだ。そもそも日本はエネルギー政策につ
いて「政府が主導的な立場にならず、電力会社におまかせという伝統が強いん
です。それが海外に対して競争力を失っている一因であることは、やはり否め
ません」(渋谷さん)。そういう現状にあるため、太陽電池業界では国の積極
支援を期待する向きが大きい。はたして今後、国レベルで太陽光発電にどう取
り組んでいけるだろうか。
 太陽光発電のメリットは、やはり「太陽のおかげ」太陽光発電のメリットと
はどのあたりにあるのだろうか。山根さんに聞いてみた。
 「やはり、永続的かつ膨大な太陽エネルギーを利用するため、クリーンで環
境にやさしいというのが最大のメリットになるでしょう。太陽光が当たるとこ
ろであればどこでも発電できます。また、太陽電池は長寿命で、一度設置して
しまえばメンテナンスがほとんど要らないというのも大きなポイントですね」
 地球温暖化をはじめとする環境問題が叫ばれる中、時代の……いや地球の要
請にフィットしたエネルギー、それが太陽光発電というわけだ。
 そもそも太陽電池には、大分類として「シリコン系」と「化合物系」がある。
現在実用化されているのは主にシリコン系。シリコン系太陽電池の原理は、シ
リコン半導体で構成された膜を含む太陽電池パネルで太陽光を受け、発電する。
太陽光を受けると電圧を生じるシリコン半導体の特性を利用したものだ
(図2参照)。
 シリコン系太陽電池はさらに「結晶型」「薄膜型」の2種類に大別される。
現時点で世界の太陽電池メーカーの趨勢としては、前者の結晶型(単結晶型・
多結晶型)が主流となっている。一方、三菱重工が取り組むのは薄膜型だ。薄
膜型には「アモルファス型」と、アモルファスに微結晶シリコンを組み合わせ
た「微結晶タンデム型」があり、三菱重工はその双方を手がけている
(図3参照)。
 三菱重工では、まずアモルファス太陽電池に着手。ここ長崎造船所の諫早地
区に2002年、アモルファス工場が建設され、生産が開始された。2007年にはア
モルファス工場の増設と微結晶タンデム第1期工場の建設が行われ、生産開始。
さらに2009年には微結晶タンデムの第2期工場が稼働する予定となっている。
山根さんは微結晶タンデム電池の製造プロセスの開発に携わり、電池性能を
日々調整・評価する仕事を担っている。タンデム第1期工場については工場建
設計画開発時から関わってきた。

[図2]太陽電池の原理
[図3]太陽電池の種類と特徴

現在主流の結晶型に対する薄膜型のアドバンテージは?
 アモルファス太陽電池で使うアモルファスシリコン膜は、厚さがわずか0.3
μmで、人間の可視光域にほぼ相当する短波長の太陽光を受けて電圧を発生さ
せる。アモルファス太陽電池のモジュール(パネル)は1.4×1.1mのサイズで、
動作電圧は100V、1枚あたりの最大出力は100Wだ。これに続いて生産が開始さ
れた微結晶タンデム太陽電池は、アモルファスシリコン膜に加えて、厚さ2μm
の微結晶シリコン膜も備える。微結晶シリコンはアモルファスよりも長い波長
の太陽光をとらえるため、変換効率が高くなる。このため、パネルのサイズと
動作電圧はアモルファス太陽電池とまったく同じでありながら、1枚あたり最
大出力は130Wと、アモルファスの1.3倍の発電性能を実現している(図4参照)。
 薄膜という名の由来は、要はシリコンの膜(層)が薄いということ。結晶型
太陽電池では、300μmほどの厚さのシリコン膜を使う。前述のように薄膜型は
アモルファスが0.3μm、微結晶シリコンが2μmだから、原料となるシリコンの
使用量で比べると、結晶型の1000分の1から100分の1程度で済むわけだ。現時
点でシェアの大勢は依然、結晶型にあるが、現状は現状として、今後は状況が
変わってくると山根さんは指摘する。
 「有力な根拠としてまず挙げられるのが、シリコンの問題です。原料となる
シリコン量が少ないということは、原料の確保という面でも有利ですが、それ
以上に製造時のエネルギー消費が少なくなるため、CO2の削減効果が大きいと
いうメリットがあるわけです」
 薄膜型の優位性は、「エネルギー・ペイバック・タイム」(発電システムの
製造過程などで必要とされるエネルギーをそのシステムが発電するエネルギー
により何年で回収できるかを表すもの、EPT)にも表れる。結晶型(多結晶型)
はEPTが2.2年であるのに対し、薄膜型(アモルファス型)は1.4年。より短い
期間での回収が可能というわけだ。総じて薄膜型は、環境負荷が低い太陽電池
の中でも、とりわけ環境にやさしいシステムであるといえる。
 薄膜型が有利な点はほかにもある。太陽電池は根本的に高温環境が苦手で、
夏季には発電性能が低下するのが常識。その事情は結晶型でも薄膜型でも同じ
だが、薄膜型は結晶型に比べて高温時の性能低下が少なく、電力需要がとくに
多い夏場でも結晶型より高い発電効率を持つという特性がある。このため同一
出力で比較すると、結晶型を100%とした場合、薄膜型ではアモルファスで110
%、微結晶タンデムで105%の年間発電量を得ることができる(図5参照)。
「とりわけ日射量の多い東アジア、東南アジア地域や、ヨーロッパでもスペイ
ン、イタリアといった南欧では、薄膜型が優位性を主張できる状況にあります
ね」と山根さんは語る。
 三菱重工の薄膜型太陽電池においては、同社が誇る高速製膜技術が大きな強
みとなっている。シリコン膜を製造する際、製膜速度を高速にすればするほど
生産量が増えていく。従来の半導体技術の延長として太陽電池を製造するメー
カーでは、一般的に13.56MHzという周波数帯の高周波電源を用いて製膜が行わ
れているが、三菱重工では高度な技術により、60MHz帯高周波電源の利用を実
現。この高速製膜技術を用いた独自開発の星型プラズマCVD装置により、「他
社に比べ2倍程度の生産量で、かつ品質の高い製品を製造可能な設備」(渋谷
さん)を持っているのが三菱重工の大きなアドバンテージとなっている。

[図4]微結晶タンデム型太陽電池パネルの構造
[図5]微結晶タンデム電池の年間発電量

薄膜太陽電池と太陽光発電自体の未来はどうなる
 もちろん現状の薄膜型には問題点もある。結晶型に比べて単位面積あたりの
変換効率が低く(モジュール表面温度25度で比較した場合、結晶型が10~14%
であるのに対し、アモルファス6.3%、微結晶タンデム8.3%)、約1.5倍の設
置面積が必要になる。このため、現状では大規模工場の屋根や、農地を転用し
た巨大プラント、大きなビルの壁面といった広大な設置スペースを確保できる
場所での利用に限られ、一般家庭への浸透は進んでいない。
 これからの課題としては、やはり変換効率の改良が重要になってくる。そこ
で実現しなければならない技術的なブレイクスルーが「トリプル」だという。
トリプルというのは、現行の微結晶タンデム(タンデム=ダブル)電池よりさ
らに発電層が一層多いものということ。「技術的にはとても難しいですし、現
時点ではようやく基礎研究に入った段階ですので、具体的にいつ実用化できる
かは言えないですが、薄膜型で変換効率15%という数値がひとまずの最終目標
ですね」(渋谷さん)
 薄膜型太陽電池事業における現在から将来へ向けての目標数値については、
渋谷さんはこう語る。「(薄膜型で)シェア10%をキープすることです。いず
れ太陽光発電の単価が下がり、グリッドパリティ(火力発電など主要エネルギ
ーの単価と太陽光発電の単価が等価となること)を達成できれば、太陽光発電
の需要が大きくなり、各国の支援政策がなくても太陽光発電が売れるようにな
っていきます。2015年に達成できるという見通しもありますが、そのときにシ
ェア10%をキープできていれば、ビジネスとしても大いにはじけるのではない
かというのが私たちの考え方です」

日々変化するエネルギーに携われるのが大きな魅力
 渋谷さんは、実は転職組。もともと素材メーカーの研究所にいたが、海外の
プロジェクト建設に携わりたいとの思いで三菱重工に転職。17年間世界を飛び
回り、そのあと機械の管理部門に異動して、太陽電池事業を担当するようにな
ったのは今年の4月からだという。「だから、まだまだ太陽電池については素
人です」と渋谷さんは笑顔で言う。
 一方の山根さんは、大学時代から太陽電池に興味を持ち、研究をしていた。
当然、太陽電池をやりたくて三菱重工に入社したわけだが、「最初は燃料電池
に配属されたんです。燃料電池を3年ほどやって、そのあと太陽電池にきて、
5年くらいです」。燃料電池に配属されたときは、さすがに「あれっ?」と思
ったらしい。しかしそれが三菱重工なのだと渋谷さんは言う。「三菱重工は太
陽電池だけをやっている会社ではなく、エネルギーひとつをとってもいろんな
道があるんですね。そのいろんな道を経験することで、可能性も広がるわけで
す。さまざまな可能性を受け入れる大きさがあるのも、当社の良いところです」
 もちろんそのさまざまな可能性の中でも、太陽光発電はいまをときめく分野。
山根さんも「日々変化していく世界というのが、やはりいちばんの魅力です。
変化のスピードについていくのも大変ですけど、すごくやりがいがありますね」
と話した。

ヨーロッパで設置が進む大規模太陽電池プラント。
左はスペイン、右と中央はドイツ(三菱重工製)

取材後記 ~取材を終えて~太陽光発電は、化石燃料に代わるものとして地球
の未来に欠かせない自然エネルギー。太陽電池に力を注ぐ技術者たちの努力が
結実した暁には、人類の、そして地球の明るい未来がきっと待っている。太陽
光発電がいまよりもっと広範にわたって浸透すれば、人類が必要とするエネル
ギーのかなりの割合を担うことが可能となるだろう。各国・各企業が積極的な
取り組みを始めた現状から想像すると、その実現の可能性は低くない。という
ことは近い将来、広大な太陽光発電プラントが世界各地に建設され、宇宙から
見る地球の景色も変わるかもしれない。



0 件のコメント: