2008年11月11日火曜日

メガソーラー本番、日本の復権なるか?![PART5]東京工業大学 統合研究院 黒川浩助特任教授インタビュー(前編)


革新的太陽光発電(経済産業省 Cool Earth-エネルギー革新技術 技術開発ロードマップより引用)


出典:http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/special/081107_mega-solar05/
●本来なら地球上で使用するエネルギー量のすべてを、ゴビ砂漠ひとつで作ることが可能だという太陽光発電。2008年6月に発表された「福田ビジョン」でも、低炭素化社会実現に向けての大きな柱として取り上げられている。

●1997年から2004年までの連続8年間、太陽光発電の累積導入量が世界一だった日本。長らく世界のトップを守り続けてきたが、現在では失速感があることは否めない。世界一を誇る生産量を2007年に欧州に抜かれたのは記憶にも新しい。また、普及をけん引してきた住宅用太陽光発電への補助金が、2005年度に廃止されて以来、個人向け市場も買い控えの傾向にある。

●対して海外は、CO2削減に向け大きな動きが出始めた。特に注目すべきは欧州だ。ドイツ、スペインを筆頭に、メガソーラーが急増している。中国、台湾の台頭も目覚ましい。かつて世界をリードする技術を誇っていた日本が欧州諸国に遅れをとってしまった原因はどこにあるのか。はたまた今後、日本が巻き返しを見せるために必要とされるのは、いったいどんなことなのか。

●今回の特集では、日本における太陽光発電のシステム技術の第一人者でもある 東京工業大学 統合研究院 黒川 浩助 特任教授に話を伺った。1974年、オイルショックを契機に始まった、新エネルギーの開発と実用化計画を進める「サンシャイン計画」から太陽光発電の研究に携わっている黒川氏。同氏に、これまでの歩みを振り返りつつ、現状、未来への展望など、日本の太陽光発電が進むべき道について語ってもらった。

聞き手/藤崎 典子、蔦林 幸子、染谷 奈津枝 構成・文/藤崎 典子
写真/佐藤 久

太陽光発電の潮流
メイン市場は欧州、追い上げる中国と台湾
――9月1日から5日まで、スペインのバレンシアで開催された「欧州太陽光発電国際会議(European Photovoltaic Solar Energy Conference and Exhibition・以下、EU PVSEC)」に参加されたそうですが、いかがでしたか。

黒川 浩助 教授(以下、敬称略):  EU PVSECは太陽電池の学会、展示会としては世界最大級のものです。23回目になる今回の参加者は87カ国で約4000人に上りました。今までにない規模でしたね。

オープニング・セレモニーは満員で、その後の色々なセッションでも、会場に入りきれなかった研究者が、階段にまで座りこんでいるような状況でした。会場外の廊下にビデオ中継を流して対応していましたが、大盛況を通り越して強烈な光景でした。

国際会議に加えて展示会もありましたが、こちらの規模も年々拡大しています。今回は昨年のミラノでの会議に比べて1.5倍の5万㎡の敷地に、520の太陽電池関連企業が出展していました。なかでも中国と台湾が目立っていましたね。もう“中国村”とか、“台湾村”といった規模のブースがたくさん出ているんですよ。





東京工業大学 統合研究院 黒川 浩助 特任教授
――やはり中国が強いですか。

黒川: 中国では今、サンテック(尚徳太陽能電力)という太陽電池メーカーが一番伸びています。ですがそこは、技術を底辺から研究して技術革新を狙うというよりは、ファンドの力によって、短期ベースで生産量を増やしているという印象があります。技術を底辺からサポートして行くという感じではないんです。

そういう意味ではむしろ台湾が強いでしょう。台湾の新竹(シンチク)には、ITRI(Industrial Technology Research Institute・工業技術研究院)という最大の技術研究所があります。そのITRIが今後、力を入れていこうとしているテーマの中には、エネルギー関係が結構入っています。非常によく基礎技術へと立ち戻って研究されていて、特に結晶関係などはきっちり詰めている。あそこは今後、実力を付けてさらに伸びてくるのではないかと思います。




――日本からの参加は、いかがでしたか。

黒川: 日本企業は展示の方が縮小傾向にありました。シリコンの原料調達能力が下がっていて、作りたくても作れない状況ということもあるのでしょう。

今、太陽光発電のメイン市場は欧州です。日本は2005年に累積導入量をドイツに抜かれましたが、現在はさらに、怒濤の勢いで伸びてきているスペインにも追い抜かれて行くのではないかという懸念があります。そうした欧州の現状を知るという目的で、日本のメーカーの人たちもたくさん来ていましたよ。




――スペインは2007年、太陽光発電設備の単年度導入量が、ドイツに次いで世界第2位でした。

黒川: その背景としては、大型発電プラントの建設をサポートするフィード・イン・タリフ制度(※1)の強化などがあります。

補助金については、日本のRPS法(Renewables Portfolio Standard:電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法:※2)がいいとか、フィード・イン・タリフ制度が向いているとか、様々な議論があります。ですが私は、問題はそこではないと思っています。太陽光発電の普及を政策として選択していくのか、そのために金銭がどのように回っていくかというシステム設計や、必要な資金の量が重要なんです。

それとやはり、今は皆が言っているように、スペインは少し「太陽光発電バブル」の状態になっているのでしょう。とにかくもう「早く、駆け込みでもいいから作って!」という感じでやっている。それで少し、国としても泡を食ってしまったようなところがあるんですね。2008年9月には、フィード・イン・タリフの買い上げ価格も切り下げられたはずですよ。

※1:フィード・イン・タリフ制度
 事業所や家庭が太陽電池で発電した電力を、電力会社が市場価格よりも高く買い取ることを義務付けた制度
※2:RPS法(Renewables Portfolio Standard:電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法)
 経済産業大臣が新エネルギー(風力、太陽光、地熱、水力、バイオマス)の利用目標を定め、電力会社に一定割合で発電される電気の導入を義務づける制度
国内の販売を手放したメーカー
販売ルートの再構築が“鍵”となる
――先日、経済産業省からの緊急提言に「2010年には、太陽光発電システムの設置にかかる費用を半額程度まで下げる」とありましたが、実現可能な話なのかと考えてしまいます。

黒川:  2010年に半額というとあと2、3年ですね。実現には色々な条件がつきますから、少なくとも簡単にはいかないでしょう。

家庭用システムの設置費用に対する補助金制度復活という話も、とりあえず概算要求は出されています。しかし、それならば以前からの誘導価格を最初から半額程度に置けば良かったのに、という気がしないでもないですね。

政府が補助率を切り下げていく段階は、どう見ても競合コストの倍ぐらいになるように価格を誘導してきていますからね。補助率を調節するのは悪いことではありませんが、調節先をあと半分下がるところにしてくれれば良かったのにと思います。一般のオーナーが購入している値段というのは、3kWで200万円ぐらいで、補助金が打ち切られた2005年当時からほとんど変わっていないんです。

しかし実は、補助金打ち切りのあとも、太陽光発電システムの売り上げが急激に落ち込んだというわけではありませんでした。当座は皆さん、補助金無しでも購入していたんですよ。それが急速に減ったというのは、その後、メーカーが売ることをやめてしまったからなんです。

日本のメーカーは、国内販売よりも大口で流通経費のかからない、もっと利潤の高い市場をドイツなどの海外に見付けたんです。ビジネスとしてはそちらの方がはるかに“おいしい話”です。


東京工業大学 統合研究院 黒川 浩助 特任教授
メーカーはそれまでの国内販売ルートをすべて手放して、海外へ丸投げしてしまったんです。私はそれを、メーカーの怠慢だと考えています。太陽電池を輸出するのは構いませんが、少なくとも今までの国内市場形成というのは、すべて、石油代替エネルギー開発のための国の資金で進めてきたわけです。これは、エネルギー政策の一環でもありますから、国内にどれだけ導入するかというのは、政策のメリハリを付けるうえでも、かなり重要なファクターになります。

もちろん、国内販売をきっちりやっていた会社も、ゼロというわけではありません。しかしほとんどの場合、いったん手放してしまった販売ルートを、これから再構築しなければならないんですね。一度背かれた市場が、また振り向くかどうか。私は、そう簡単には戻ってこないと思います。でも、そういった流通ルートをしっかり再構築しなければ、それこそ「半額にする」とした提言は、単なる絵空事に終わってしまうでしょう。

2008年の6月に発表された福田ビジョンには、「太陽光発電の導入量を2020年までに現状の10倍、2030年には40倍に引き上げることを目標とする」ともありました。これも、マーケットが順調に広げられていれば、もっと楽にクリアできる話だったはずです。ところが、日本で補助金がなくなったタイミングで、欧州のマーケットが膨らみました。この2つが並行して起きてしまったのが不幸だったとは思います。

シリコンだけではない!
世の中が劇的に変わる可能性もある
――国内の技術は、今どのような状況なのでしょうか。太陽電池の主力は、やはり今後も結晶系シリコンなのでしょうか。

黒川:  現実的に今、実力を出し切っているのは結晶系シリコンですね。

ただし、資源エネルギー庁の「Cool Earth-エネルギー革新技術計画」の中では、「革新的太陽光発電」として、いわゆる第三世代と位置付けしたものを中心に組み立てています。これは、多接合化合物系や有機系太陽電池です。有機系のターゲットは素晴らしいですが、実現リスクもかなりあるアグレッシブな構想です。

このような長期の目標設定に対しては、いかに若い優秀な人材が集まってくるのかということも重要です。また、「革新的太陽光発電」のような旗印を掲げるのは技術立国として不可欠です。

第二世代は、2020年から30年位の実用化をめどに、現在、「PV2030(2030年に向けた太陽光発電ロードマップ)」で研究を進めています。これは「超薄型結晶バルク」というものを中心として、欧州ではウエハーベースと言います。

そのウエハーベース・テクノロジーが最初にあり、厚さ50μ(ミクロン)という薄いウエハーの太陽電池を作ろうとしているんです。それプラス「薄膜」という感じになり、薄膜もCIS(化合物系太陽電池)が中心です。これも、変換効率が、シリコンの結晶系と同じくらい出せるかもしれないという期待感がありますね。

その次に来るのが先ほど言った化合物系太陽電池の第三世代。これを“革新”と呼んでいるのは、「まだ実証されてはいないけれど、完成したら劇的に変わる」という意味を含んでいるからです。

「福田ビジョン」では、低炭素化社会を目指して、2050年には日本におけるCO2の排出量を、60%から80%削減するという目標を掲げています。世界全体では50%の削減です。それを実現するためには、変換効率40%超、値段は火力よりもっと下げて1kw当たり7円以下になるような太陽光電池の開発が必要になるんです。ハードルとしては決して低くありませんが、ブレークスルーがあれば実現できる。そういう可能性を持っているのが第三世代です。

資源のない日本が
勝ち残るために必要なもの
――そこに今、日本が力を入れているということは、日本が勝てる技術だからということですか。

黒川:  そうですね。というより、裏を返せば「放っておくと負けてしまう」ということでしょう。日本は資源が無いので、技術力で勝負するしかありません。その技術とは何かというと、“人間の頭”です。太陽光発電の技術は人の頭から生み出すものですから、やらざるを得ないんですね。ところが、この話は日本だけでやっていても、効率良くはいかないんです。結局、どちらの方向へ行ったら正解なのか、まだ分かってはいないのですから……。

第一世代の結晶系シリコン太陽電池は既に商業化されていて、第二世代もある方向性が決まって、そちらに進んでいるような状況です。そうなるともう、国際協調、国際協力などができるはずもなく、競争の領域となってしまうんですね。第三世代については、欧州では既に、2008年が最初の5カ年計画の終了年となっていて、米国でももう、2012年頃に終わる計画の第一歩がスタートしています。

つまり、“得意な技術”といいつつも、日本は遅れを取ってしまっているんです。「Cool Earth」の中でも、国際協調ということはかなり強く意識されていて、日本は、欧州と協力していくということで、調査団の派遣をしています。

実は、EU PVSECに行くついでに、その団長を頼まれたのが私なのですが……(笑)。海外と協力しようということは、日本は先行している人たちの情報や技術を得ることができるということにもなるんですよ。現在の日本の状況から考えれば、それは“得な立場”であるのかもしれません。




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