2008年7月7日月曜日

太陽光は増やせるか?新エネルギー部会『緊急提言』を読む(08/07/04)



飯田哲也のエネルギー・フロネシスを求めて
飯田哲也(いいだ・てつなり):自然エネルギーや原子力などの環境エネルギー政策専門家。温暖化ファンドやグリーン電力のマーケティングなど脱温暖化ビジネスを推進。中央環境審議会、東京都環境審議会などを務め、今年から中田宏横浜市長の環境政策アドバイザーも。なお、「フロネシス」は経営学者・野中郁次郎氏によるとアリストテレスが提唱した言葉で、賢慮、倫理、実践的知恵といった意味を持つ。エネルギー政策にはフロネシスを伴うリーダーシップがあってこそ、知の総合力が発揮できる、という思いを込めたhttp://eco.nikkei.co.jp/column/iida/article.aspx?id=MMECcm000004072008
 このところ、自然エネルギーや太陽光発電を巡って、関係する政策コミュニティがかまびすしい。もちろん最大の震源地は「福田ビジョン」だ。近年の首相メッセージでは、「禁句」となっていた自然エネルギー促進に、初めて言及したものだ。とくに、太陽光発電に関しては、2020年までに10倍増するという、一見、意欲的な内容だが、これは前回指摘したとおり、経済産業省が3月に発表した「長期エネルギー需給見通し」の内容と同じだ。ゴーストライターの影が透けて見えるとはいえ、首相スピーチに「自然エネルギー促進」が入ったことの意義は大きい。その前にも、電気事業連合会長の定例会見(5月23日)には、「太陽光を1000kW、風力を500万kW受け入れ可能」という、自然エネルギー促進のメッセージが入った。目標水準の適切さは横に置いておくとしても、これも風向きの違うメッセージだ。6月11日には、自民党地球温暖化対策推進本部の中間報告「最先端の低炭素社会構築に向けて」が発表され、後述する「固定価格制」が言及され、関係者を驚かせた。そして、メディアで大きく取り上げられたのは、6月24日の「新エネルギー部会『緊急提言』」だ。日経が先行報道し、各紙が後を追ったかたちだが、期待が先行した報道内容と比べると、実際の「緊急提言」には大きな落差がある。これは、経産省から事前レクを受けた記者の受け止め方が間違っていたのか、それとも、経産省内部でも、『緊急提言』のウラ側で新しい事態が刻々と展開しているからか。いずれにせよ、自然エネルギー政策が大きく動き始めた状況は、見て取れる。まずは、「新エネルギー部会緊急提言」の内容から見てみよう。
■ 市場を急冷した『緊急提言』
 新聞報道が注目している『緊急提言』の目玉は、「太陽光発電を今後3~5年で半額にする」というものだ。経産省としての意気込みを示したものなのだろうが、皮肉にも、ただでさえ冷え込み気味の国内の太陽光発電市場に、追い打ちの急ブレーキを掛けたようだ。すでに各紙で報道されているように、「数年で半額になるのなら・・」と顧客からキャンセルが相次いでいると聞く。業界も、支援してもらっているのだか、足を引っ張られているのだか、困り顔だという。経産省は素知らぬ顔でほとぼりが冷めるのを待つだろうが、ここに問題の本質のひとつがある。なぜ経産省は「コスト半額」を訴えたのだろうか。経産省の2つの根強い「思い込み」(イデオロギー)が背景にある。ひとつは「市場の自立化」という考えだ。補助金は、「市場」で自立化するまでの過渡的な措置で、やがては不要になるという発想だ。「補助金」が暗黙の前提となっており、「市場」も与件として想定している。いずれも、もう一つの「思い込み」である、典型的な「供給・技術プッシュ」パラダイムにどっぷりと浸かっているものだ。「供給・技術プッシュ」とは、技術普及の入口側に焦点を当てた考え方で、技術開発や補助金、コスト低下といった要素を重視する。これらは、近年の自然エネルギー普及で成功を収めている「需要・市場プル」パラダイムとは対照的な考えだ。「需要・市場プル」パラダイムとは、政策によって市場を形づくるという視点から、市場側・需要側の政策のあり方を重視するもので、日本が導入したRPS法も実はもともとはこの考えのもとで考案されたものであるし、最大の成功例は、後述する「固定価格制度」(Feed’in Tariff, FIT)という制度だ。
■『緊急提言』のあべこべ
 他にも、目標値に関する、まるであべこべの記述もある。日本のRPS法の目標値(2014年に160億kW時・1.63%)は、国際的な水準と比較すれば、明らかに一桁小さい目標値だ。それを『緊急提言』では、『単なるポーズではない意欲的な「高いレベルの目標設定」を確実に達成する』と言っているのだが、ほとんど黒を白と言いくるめようとしているかのようだ。『単なるポーズ』とか、「ともすると、他国よりも高い目標を掲げることを競い合う」とわざわざ批判的に書いているところを見ると、どうも「仮想敵」がありそうに感じられる。推察するに、2020年までに一次エネルギーの20%を自然エネルギーとする目標を掲げている欧州(EU)や、電力比で2030年に45%を目標値とするドイツ、あるいは、国内でEU並の20%を掲げる東京都あたりだろうか。どの国や地域をとっても、固定価格制などその目標を達成すべく、新しい自然エネルギー政策を次々に導入しているのであり、『単なるポーズ』で目標を掲げているところは、少なくとも筆者の知る限り見あたらない。あえて言えば、日本自身の「長期エネルギー需給見通し」の数字くらいだ。図表も、どうにか日本が劣っていないように見せるために、わざわざわかりにくい比較の化粧が施してある。あたかも他の国や地域が『単なるポーズ』であるかのように書き、明らかに小さい目標を「高いレベルの目標」と呼ぶなど、政府の資料としては公正性や客観性を欠いているのではないか。そもそも、国民に誤った認識に導く恐れがあり、信頼性に欠けている。なお、はるかに客観的な世界の現状については、環境エネルギー政策研究所のウェブサイトに「自然エネルギー・グローバルステータスレポート」の和訳が掲載してあるので、そちらをご覧いただきたい。

欧州連合と日本の自然エネルギー導入目標値の比較(一次エネルギー比)

主要国・地域の自然エネルギー導入目標値の比較(電力比)
「新エネルギー部会緊急提言」には、他にも問題の多い記述を含んでいる。たとえば、水力、地熱、風力、バイオマス等を「適地や資源の量に限界がある」という理由で切り捨て、太陽電池、蓄電池、燃料電池等を「我が国の強み」として絞り込んでいる。後段では、太陽熱など自然エネルギーの熱利用も、ほとんどおざなりな記述しかない。さまざまな自然エネルギー技術の現状や日本の中での地域ごとの多様性を少しでも考えるならば、あまりに単純かつバランスを欠いた「割り切り」ではないか。また、「他国の模範(先進事例)」となるとして、「世界に先駆けて太陽光社会を実現し、水素社会の構築を目指す」としているが、これこそ現実離れした考えで、「単なるポーズ」の好例だ。わざわざゴチックで「新エネ生活(新エネライフ)」とか、「新エネ・モデル国家」と書いているが、世界的に自然エネルギー市場が急成長する中で、日本だけが太陽光も風力も市場が落ち込んでいる現状と対比すると、ほとんどブラックジョークだ。
■ 経産省が金科玉条とする「IEAレポート」とは?
 最近、経産省が「固定価格制」を批判する際に、鬼の首を取ったように必ず引用する「IEAレポート」があり、『緊急提言』のなかでも、ご丁寧にそれを引用している。これにだまされているメディアや「専門家」、政治家も少なくないようなので、ここできちんと解説しておきたい。『緊急提言』(P10)では、以下のようにIEAレポートを引用しつつ、本文で書いている。(本文)「近年、ドイツの固定価格買取制度による太陽光発電の急激な導入拡大により、固定価格制度が注目されている。しかしながら、固定価格買取制度は、発電事業者間のコスト削減インセンティブが働きにくい。高価格での買取りを電気料金に転嫁するために電気料金の恒常的な値上げにつながるといった問題点が指摘されている。」(注記)「太陽光発電導入促進のための非常に高い固定価格買取制度は見直すべき。より市場ベースの政策への移行を検討すべき。」(国際エネルギー機関 国別調査報告書 ドイツ2007年度版)ここで書かれていることは、全体として明らかな間違いである。まず、引用しているIEAレポートの国別調査報告書ドイツ2007年度版に、そのように書かれていることは事実だが、このレポートは、FITを評価しならが見直す指摘をするなど自己矛盾をしている、RPSの問題点に触れていない、自然エネルギー政策や太陽光の専門家がレビューチームに一人もいない、などの問題点を含んでおり、自然エネルギー政策コミュニティでほとんど無視されている。むしろ最近、同じIEAが出した「エネルギー技術見通し2008」(2008年6月)には、「TGC(クオータ、RPSを指す)よりもFITが優れている」と明快に指摘している。なお、IEAレポート自体の問題点は、産業技術総合研究所太陽光発電研究センターの櫻井啓一郎氏が詳細に指摘しているので、そちらを参照されたい。また、欧州委員会が2020年に向けた新しい「自然エネルギー指令」の参考資料として、本年1月に公表した自然エネルギー支援制度に関するレビューでは、明快に「十分に適用された固定価格制度が一般的にもっとも効率的で効果的である」と結論している。にも関わらず、『緊急提言』は、そうした最新かつ包括的なレポートには触れず、自然エネルギー政策専門家からは無視されている「IEAレポート」だけを引用するのは、あまりに不勉強かつバランスを欠いている。さらに、『緊急提言』の本文は、間違いに輪を掛けている。「固定価格買取制度は、発電事業者間のコスト削減インセンティブが働きにくい」というのは明らかな間違いで、欧州委員会レビューでも「もっとも効率的」と評価されているとおり、固定価格制度は、自然エネルギー装置市場の確実な成長を促すことで、技術学習曲線に沿ったコスト低下を生み出してきている。逆に、RPS制度は、リスクプレミアムや取引コストがかさみ、より高価かつ非効率と結論されている。また、「高価格での買取りを電気料金に転嫁するために電気料金の恒常的な値上げ」とあるが、初期の固定価格だけを捉えた近視眼的な批判である。むしろ、ドイツを始め多くの国が採用しているステップダウン型の固定価格買取制度(予め翌年以降の買取価格の低下を予告しておく制度)であれば、技術学習曲線に沿ったコスト低下によって、ドイツ政府の見通しでは、現状(2005年)の1.7ユーロ(約280円)/月・世帯の負担は2014年に2.8ユーロ(約460円)/月・世帯まで増大するものの、その後の負担は低下をすると見通しているのだ。逆に、原油や石炭などの輸入燃料の高騰による電気料金の値上げをそのまま消費者に転嫁している日本の電力市場の問題点を、棚に上げているのではないか。
■ なぜ、事実と論理と現実に背を向けるのか
 他にも問題点は多いのだが、ここまで来ると、なぜ『緊急提言』や経済産業省は、これほどまでに事実と論理と現実に背を向けるのかという、背景の方が気になる。いくつかの説明が考えられる。RPS制度の方が市場メカニズム的で、固定価格制度は社会主義的だという、かつてのナンセンスな議論を未だに盲信しているのかもしれない。そうだとすると、あまりに硬直的かつ不勉強だ。ちなみに、RPS制度は「固定枠」制度と呼ばれるとおり、枠を決めるところが政治的で、その中での取引きは、一応、自由市場的だ。他方、固定価格制度は、価格を決めるところが政治的で、機器市場は自由市場なのである。また、以前に述べたとおり、RPS制度を変えようとすると、ふたたび国会や業界を巻き込んだ一大論争になり、収拾が付かなくなる懸念があるため、その政治リスクや「政治的コスト」が高すぎると経済産業省が判断しているために、どのような事実と論理と現実があったとしても、ひたすら「RPS制度を変えない」ことが目的と化しているのかもしれない。つまり、政策の論理性よりも、経済合理性よりも、(内向きの)政治合理性が優先されているということだ。さらに、それが高じて、固定価格制度と聞いただけで、政府批判・経産省批判と考える、思考停止の「記号化」が経産省の内部で広がっているのかもしれない。しかし、最新の国連環境計画「持続可能なエネルギーファイナンス」の調査では、世界の自然エネルギー市場は、2007年にほとんど倍増して、15兆円に達したという。10年後には自動車産業に匹敵する巨大市場に成長しようとしているとさえ言われている、確実な新興市場で、日本はずるずると後退しているのである。もはや、こうした政府部内にある盲信や(内向きの)政治合理性、思考停止に、足を取られている余裕はないのではないか。

世界の自然エネルギー投融資の推移
■ 「日本型」の出口を求めて
 『緊急提言』や経済産業省を見る限り、福田ビジョンの目玉でもある「太陽光発電10倍増計画」は、このままでは、実現は危うい。まして、他の自然エネルギーに関しては、このまま冷え込んだままの恐れがある。自然エネルギー政策の改革は待ったなしだ。現状の滞りは、自然エネルギー政策があまりに「政治化」したために、経産省や電力会社の内部で「凍結」されていることに、最大の原因がある。たとえば、自然エネルギーの拡大には、確かに費用が掛かる。それを原油価格などの高騰分と同じように、電気料金に上乗せすれば、電力会社にとっても持ち出しはなくなるのではないか。原油価格などの高騰を電気料金で負担するくらいなら、自然エネルギー拡大による負担の用意は、国民にはあると考える。その国民的な議論をしてみてはどうだろうか。また、RPS制度のもとでも、太陽光発電の証書価値を2011年からは2倍にするという特例が昨年のRPS法改正で決定された。それができるなら、一定の価格を設定することも、ほとんど変わらないのではないか。しかも、ドイツ型のステップダウン方式にすれば、かつての米価のような「固定価格が既得権益を生む」ことも避けられるだろう。気候変動もエネルギー危機も、そして自然エネルギー産業競争も、いずれも時間との競争である。今こそ、自然エネルギーを覆っている「政治的な色眼鏡」を取り外し、関係するセクターそれぞれが相乗りできる出口を真剣に探す時ではないか。

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