2008年7月7日月曜日

音と振動による究極のエコ発電で、街を丸ごと発電所にする



【上左】デモ用に作られた振動力発電装置。踏み板の周辺部にLEDライトが埋め込まれ、足で踏むと点灯する。【上右】音力発電装置。口に当て、話すとLEDが点灯する。音声のエネルギーは微弱で、トランシーバーのように口元に近づけてしゃべらないとエネルギーが拡散してしまう。したがって、音は発電装置よりもセンサー類などのエネルギー源として使われる可能性が高い。
http://www.blwisdom.com/AdvancedPeople/02/
速水 浩平さん 株式会社音力発電 代表取締役
(2008年7月7日公開)
騒音や会話、振動など日常生活で発生するエネルギーから発電する、画期的な発電装置が注目されている。開発したのは音力発電の速水(はやみず)浩平さん、27歳。大学発ベンチャーとして在学中に起業し、現在、多くの企業と共同研究を進めている。東京駅での利用客の歩行を利用した発電や、首都高速道路での自動車の通行を利用した橋のイルミネーション点灯など、実用化に向けた実証実験も進んでいる。生活しながら電気を生む究極のエコ発電がいよいよ始まる。
■首都高が原発1基分の発電所になる
首都高速道路中央環状線の荒川にかかる五色桜大橋は、夕暮れになると美しいイルミネーションで彩られる。地球温暖化の時代にムダなエネルギーを使うな、と怒ることなかれ。このイルミネーションを光らせるエネルギー源の一部は首都高を走る車の振動なのだ。路面のアスファルト下に敷き詰められた振動力発電装置によって車が通るたびに電気を起こす世界初の仕掛けだ。この装置を開発したのが弱冠27歳、音力発電代表取締役の速水浩平である。速水は音や振動を電気に変えられないかという小学校以来の夢を実現し、大学在学中にベンチャー企業を興し、究極のエコ発電社会づくりを目指している。速水は現在、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)政策・メディア研究科の博士課程1年に在学しながら、SFCが運営するITベンチャーのためのインキュベーション施設(慶應藤沢イノベーションビレッジ)の中に音力発電のオフィスを置き、多くの企業と共同研究を行っている。「これまで道路というと、自動車の発する音や振動によって、あまりいいイメージはありませんでしたが、振動力発電機を使えば、道路や橋が発電所になり、これをビルや一般家庭に広げれば、街全体が大きな発電所になるのです。街がエネルギーを消費するだけでなく、生み出す場になります。エネルギー問題を解決するには、こうした“地産地消”の発想が必要です」さらには、首都高の他の路面にも装置を設置することが検討されており、首都高全体に敷設されると、火力発電2~3基分に相当する発電能力を持つことになるという。「設置した頃に比べて装置の発電効率も上がりましたから、今ではもっと大きな発電量になるはずです。できれば原発1基分ぐらいの発電を目指したい。首都高では定期的にアスファルトを交換していますから、その時に装置を埋め込めば、特別な工事はいりません」総合資源エネルギー調査会によれば、原発1基分の発電量は年間70億kWhに達する。もし、100万kW級原発1基を太陽光発電によってまかなおうとすれば住宅用で190万台、そのための敷地は山手線内側ほどの面積が必要になる。太陽光や風力などと共に代替エネルギーとしても、振動力発電は有望だ。高速道路の振動だけでなく、騒音から発電することも可能だ。音力発電という社名のとおり、速水は音による発電の研究から始めた。人間の声や騒音で発電する技術もすでに確立している。首都高とは別の高速道路で現在、防音しながら発電する実験を行っている。振動力発電機は揺れを吸収するため、振動も騒音も減らしながら発電するという一石二鳥の効果がある。

首都高速道路中央環状線の荒川にかかる五色桜大橋には、現在、10機の振動力発電機が設置され、橋のイルミネーションの一部をまかなっているが、この冬にはさらに増設し、光のすべてを振動力発電によってカバーする。
■誰もが相手にしなかった音による発電
振動を電気に変えるためには「圧電素子」という特殊な素子を使っている。圧電素子とは振動や圧力などが加わると電圧を発生し、逆に電圧を加えると伸縮する素子で、ピエゾ素子とも呼ばれる。インクジェットプリンターやセンサー、スピーカーなど多分野で使われているが、発電装置として利用しようと考えたのは速水の独創だ。速水は2003年、慶應義塾大学2年生のときから研究を始めた。会話など音という微弱なエネルギーを電気に変えるのは難しく、当初、周囲の人々は誰も相手にしなかった。SFCでは大学主導で企業や官公庁と共同研究を行う産学連携のSFC研究所を持っているが、速水がその研究会で「音力発電」を発表したとき、企業関係者は皆「やめた方がいい」と忠告した。「音は発電に向かないという定説があったらしいのですが、僕はそれを知らなかったんです。やめろといわれて悔しくて、逆にやってやろうと思いました」そこから、発電効率を上げる研究が始まった。素子や回路、デバイスの材料や形状など工夫を凝らし、少しずつ改善していった。同時に、音が振動なら、どんな振動でも発電できるはずだと考え、振動力発電の開発にも着手した。話題としては音力の方が面白いが、振動力はより実用的だとすぐ気づいた。問題となるのが耐久性だ。人や自動車の下に敷くものだけに、圧力や衝撃力に強くなければならない。だが、一般的な圧電素子はセラミック製で割れやすい。材料や構造などを改良して割れにくくした。その次に、より効率的な充電回路の改良を施した。こうして、現在では発電効率は当初の10倍程度に上がり、耐久性は試算で20年間と、実用に耐えるレベルになった。引き続き改良は続いており、少なくともさらに10倍の効率アップを目指し、将来的には100倍が目標だという。

現在はまだ社長の速水氏ひとりと社員ひとりの会社だが、将来的には「会社を大きくしたい」という。「開発がある程度の規模になると資金も会社の体力も必要になる。今後は技術者をもっと採用したい」と速水氏は語る。
■小学校時代のアイデアを大学で実現
 速水は1981年、栃木県に生まれた。小さい頃から理科や算数が好きで、小学校高学年のときに「モーターの発電の仕組み」を授業で習い、あるアイデアがひらめいた。「モーターは電気で回転するが、同時にモーターが回転すると電気が起きる。電気で音を出すスピーカーでも同じことができないか。つまり、電気から音が出るなら、音から電気が作れないかと思ったのです。その考えがずっと頭にあって、小中高でも資料や本で調べていました。そして、大学2年生のときにいよいよ本気で取り組もうと決意しました」当初無視していた企業人たちも改良を加えた音力と振動力発電機のデモを見て驚いた。途端に、「すごい、これは面白い」ということになり、速水の生活が一変していく。一緒に研究したいという企業が現れ、2006年には東京駅で乗降客が踏むと発電する「発電床」の実証実験が行われた。当時はまだ発電効率が低く、1日で100ワット電球が10分点灯するほどの電力量だったが、今年1月に行われた再実験ではその8倍の性能になった。耐久性も認められ、今後、導入に向けてさらに開発が進む予定だ。当初、個人で開発していた速水も企業との共同研究が増えて、2006年に音力発電を設立。常勤スタッフ1人を採用し、いろいろな企業と開発プロジェクトを動かしている。例えば、NECエレクトロニクスと共同でボタンを押すと発電するリモコンの開発を行っている。実用化すれば乾電池が不要で、外部電源のいらないリモコンが生まれる。「これから僕が一番やりたいことは、ユビキタスデバイス用のエコ発電。携帯電話や情報端末などを使ったユビキタスサービスが増えると、消費電力がますます増える。そのような負の連鎖はやめて、自分で使う電気は自分で発電するべきです。しかし、ハンドルを回して発電するなど余計なアクションが必要だと普及しません。押す、しゃべる、歩くという日常的な動作から発生しているのにそのまま捨てているエネルギーを再利用するのです」通話したり、ボタンを押すだけで充電する携帯、歩くと発電する靴など、アイデア次第で応用範囲はいくらでもある。ゆくゆくは人が活動しているだけで、必要な電力を作り出せるようになるかもしれない。速水が思いついた子供時代のアイデアはエネルギーの世界を変える可能性がある。

■エネルギーリテラシー■速水が開発した製品の一つに「発電下駄」がある。歩くと発電し、下駄の裏側に埋め込まれたLEDが光る仕掛けだ。速水は「下駄という日本古来の和のイメージがエコにふさわしい」という。江戸時代はゴミや中古品のリサイクルが徹底し、世界的に進んだエコ社会だった。日本は昔から省エネ・エコ生活の得意な民族といえる。下駄はその象徴なのだという。
 「暗いところで見ていると、下駄が地面を照らす様子が蛍のイメージなんですよ。蛍の光は優しいエコ発電です。エコには人や自然に対する優しさが必要だと思います」速水はエネルギーを上手に使い分け、活用する能力として「エネルギーリテラシー」という言葉を提唱しているが、日本人は本来、エネルギーリテラシーの高かった民族なのかもしれない。「エネルギー問題は簡単に解決しません。音や振動によるエコ発電は原子力や火力に比べて発電コストが割高になるのは仕方ありません。しかし、小さな発電でもちりも積もれば山になるわけで、総合的に考えてほしい。これまでは発電量が大きいことに価値があったが、これからは少ないことに価値がある社会になってもらいたいです。例えば、『音力発電でも動く』製品が尊重されるようになるといいですね」と速水。電気はハードを動かす「パワー」から、ソフトを動かす「知恵」になったのかもしれない。文/吉村克己 写真/柚木裕司)

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