7月17日、エコ社会の主役と期待される太陽光発電の周辺技術が進歩し、太陽電池パネルの大規模投資も動き出している。写真は昨年5月、ロンドン市庁舎の屋根に設置された太陽電池パネル(2008年 ロイター/Alessia Pier)
http://jp.reuters.com/article/jpEnvtNews/idJPJAPAN-32792120080717
2008年 07月 17日 13:10 JST
[東京 17日 ロイター] もし、タイムマシンがあるなら、50年以上も先の未来を見ることができる。環境技術が発達したエコ社会は、こんな感じかもしれない──。 2060年7月、東京の近郊に住む会社員の太田陽一は、梅雨明けの強烈な朝の日差しを感じながら、愛車に乗り込んだ。人口減少に加え、地方分権が進んだため東京一極集中が緩和され、かつては大渋滞した首都圏の幹線道路はどこもスイスイ。都心まで乗用車で通うサラリーマンが増えた。何よりも燃料代を気にしなくていい。自宅の屋根に設置した太陽電池から車に搭載する高密度蓄電デバイスに給電されるからだ。最近、買い換えた太陽電池は変換効率40%と以前のものとは比べ物にならないほどパワフル。前夜まで雨が続いたものの、日の出からわずかな時間の陽光を受けてフル充電された蓄電装置からモーターに電流が走り、陽一が運転する電気自動車は音もなく滑り出した。 無尽蔵のエネルギーを地球に降り注いでいる太陽光線から、二酸化炭素(CO2)を排出せずに電気を取り出す「太陽光発電システム」が、低炭素社会の構築に向けた切り札になる可能性が高まっている。システムの中核である太陽電池パネルは、シャープ(6753.T: 株価, ニュース, レポート)など日本メーカーが生産や技術開発で世界をリードしており、生産拡大やコストダウンに向けた大規模な投資も動き出した。
<太陽電池は薄膜型が有力に>
「シェアを抜かれたことなんて全く気にしていない。太陽電池を既存のエネルギー並みに育てていくためには何をするのか、それを議論すべきだ」と、シャープの濱野稔重・副社長は語気を強めた。同社は2007年、太陽電池生産の世界首位の座をドイツの新興メーカー、Qセルズに明け渡した。ドイツでは太陽電池で発電した電気を電力会社が市場価格に比べ3倍程度の価格で買い取る仕組みを2004年に導入。それ以来、太陽光発電が急成長した。その波及効果で原料のシリコンの価格が急騰。シャープはシリコンの調達に苦戦したため、工場の稼働率が落ち込み、長年守ってきた首位を明け渡す結果となった。日本全体の太陽光発電導入量も2005年にドイツに抜かれている。 それでも濱野副社長が強気なのは、次の戦略が明確だからだ。シャープは現在、大阪・堺市に世界最大級の太陽電池工場を建設中だが、2010年3月までに稼働予定の同工場で生産する薄膜太陽電池は、現在の主流である結晶シリコン系太陽電池に比べシリコンの使用量を100分の1に低減できる。濱野氏は「薄膜太陽電池は材料も少ない上、製造プロセスも短いのでコストを大幅に下げられる」と話す。 現在の太陽電池の発電コストは1キロワット時当たり46円とされる。一般家庭向けの電気料金(昼間約23円)の2倍のコストだ。しかし、濱野副社長は「日本の電機メーカーのコストダウンに対する技術力は並大抵ではない。2010年ごろにはキロワット時当たり半額の23円、20年にはキロワット時14円くらいまではコストを下げることができる」と力説する。 石油元売り大手の昭和シェル石油(5002.T: 株価, ニュース, レポート)は今月、2011年にシャープの堺工場と同規模となる年間生産量1000メガワットの太陽電池工場を建設、稼動させる方針を発表した。生産するのは、シャープと同じ薄膜型ながらシリコンを使わないタイプだ。シリコン系薄膜タイプと同様、今後のコストダウンを見込む。原油高騰でガソリンなど石油販売に急ブレーキがかかる中、昭和シェル関係者は「石油に次ぐ第2の中核事業として育てたい」と意気込む。太陽電池は世界規模で年率3割から5割程度の成長が見込まれ、製造装置や材料など周辺産業を含めた一大基幹産業に発展する可能性が高い。 だが、太陽電池の本格普及の前には、別のハードルも待ち構えている。既存の電力インフラといかに共存するかという点だ。そのためには、蓄電池や、電気を物理的に貯めることができるキャパシターなど蓄電デバイスをいかに組み合わせるかがカギとなる。
<電力インフラと共存できるか>
「電力品質で最も重要なのことの1つは周波数だが、風力発電や太陽光発電が大規模に導入されると、周波数変動が大きくなる懸念もある」──。今月8日、東京・霞が関の経済産業省会議室で、電気事業連合会の廣江譲・事務局長がこう発言した。電力の供給システムは時々刻々と変動する需要に対し、供給力を即時に対応させることで安定を保っている。需要と供給のバランスが崩れると周波数が変動し、許容される変動幅を超えると一部業種の工場に悪影響を与えるとされる。 一方、太陽光発電や風力発電からの電気が電力会社の送電網に送られても、天気や風の状況によって発電が止まることが少なくない。そうした場合、火力発電などでバックアップすることが必要になることもある。電事連関係者は太陽光や風力を「フリーター」、火力発電など既存の電源を「正社員」に例える。「タバコを吸わないから環境に良いということでフリーターを雇ったが、気が向いた時しか働かない。仕事をしていると思っているうちにいなくなってしまったら、正社員がバックアップする必要がある」との見立てだ。 ただ、発電所や送電網などの電力設備がある一定の規模を備えていれば、気まぐれな太陽光発電を許容できる。正社員10人の職場に4人のフリーターだと問題が起きるかもしれないが、正社員が100人いる職場なら問題ない。ここで気になるのは、現在の国内電力設備がどれだけ太陽光や風力など自然エネルギーを収容できるかだ。電事連は、太陽電池からの電気が既存の送電網に入ってきても1000万キロワット程度なら特に問題はないとの見通しを示している。
<蓄電装置の活用かぎに>
福田康夫首相が今年6月に発表した包括的温暖化対策に沿って、2030年に太陽電池の設備規模が現在の40倍の6800万キロワットに拡大しても、年間発電量は約715億ワット時と、国内の同発電電力量(約1兆キロワット時)に対し7%程度に過ぎない。脱化石燃料社会に向けて2030年以降も電力インフラに悪影響を与えない形で太陽光発電を一段と拡大するためには、蓄電装置と組み合わせる方法が考えられる。晴れの日に太陽電池で発電した電気を蓄電装置に貯めて、必要な時に取り出す形にすれば、既存の電力インフラに悪影響を与えずに共存することができる。電事連関係者も「蓄電池と組み合わせれば、太陽光や風力はフリーターではなくなる」と語る。 従来は、ただでさえ割高な太陽光発電と蓄電装置との組み合わせは、経済的にはとても見合わないと考えられてした。しかし、太陽光パネルのコスト低減が進む一方、原油価格は4年前の4倍の水準に跳ね上がった。CO2の主要な排出源である火力発電のコストには、今後本格化する排出量取引を通じて明らかになる排出価格が上乗せされる可能性が高い。シャープの濱野副社長は「太陽光パネルのコストが1キロワット時当たり14円まで低下すると、蓄電池との一体化というのが可能になる」と指摘する。大手電池メーカーのジーエス・ユアサコーポレーション(6674.T: 株価, ニュース, レポート)は、蓄電池付きの太陽光発電システムを高級住宅向けに出荷した実績がある。傘下のジーエス・ユアサパワーサプライの三原剛部長は「電力インフラの安定化を狙ったものではないが、そうした効果も出てくる」と話す。今後、太陽電池と蓄電池を組み合わせたシステムの普及について三原部長は「普及のペースは分からないが、加速度的に増えていくこともあり得ると思う」と話す。蓄電池以外の蓄電装置として期待されるのがキャパシターだ。電池が化学的に電気を貯めるのに対し、キャパシターは電気を貯める電子部品であるコンデンサーを巨大化したデバイスと言える。急速な充電放電ができるほか、瞬間的なパワーが必要な場合に威力を発揮する。中国ではキャパシターに貯めた電気だけで走るバスが実用化されている。停留所ごとに充電するのだという。キャパシターは、エネルギー密度(体積当たりのエネルギー量)が小さいため、装置の小型化が難しかったが、密度を大幅に高める発明に成功したのが岡村廸夫氏だ。エネルギー分野での画期的な発明は珍しく、岡村氏が会長を務めるキャパシターメーカー、パワーシステム(横浜市)には三井物産(8031.T: 株価, ニュース, レポート)とオムロン(6645.OS: 株価, ニュース, レポート)が2004年に出資し、注目を集めた。
<エネルギーは狩猟型から耕作型へ>
今から約30年前、石油や石炭を地下から採掘する「狩猟型」から、枯渇することがない自然エネルギーを畑で耕すようにして作る「耕作型」への転換を提唱したシステム技術研究所(東京都中央区)の槌屋治紀所長は「エネルギー耕作文明への転換は必然的で、少しも悲観する必要のないシナリオだと思う」と語る。槌屋氏は、米国でエネルギー戦略のバイブルといわれた著書「ソフト・エネルギー・パス」(エイモリー・ロビンズ著)の共訳者で、国の中央環境審議会委員などを務めた。同氏はこう続けた。「長い人間の歴史を振り返ると、食料生産を耕作型に変えたのと同じように、エネルギー生産を耕作型に変える時期に来ている。燃料電池、電力を効率よく使うインバーター、省エネタイプの照明などいろいろな技術が熟成していて、再生エネルギーを活用することが可能な時期にきている」。(ロイター日本語ニュース、浜田 健太郎記者)
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