2008年7月3日木曜日

急増する「太陽光発電ベンチャー」~黒い電池パネルをイメージするようでは遅れてます



ニッポンでも注目の新技術&「クリーンテック・ベンチャー」
2008年7月3日 木曜日 飯野将人,堤 孝志
NEXT BIG THING! ベンチャーキャピタリストはIT(情報技術)、バイオの“次に来る巨大潮流”を追い求めている。本稿ではNEXT BIG THING「クリーンテック分野」の投資で先行する海外(主に米国)事例を拙訳書『クリーンテック革命』(ファーストプレス)に触れながら紹介する。さらに、この分野はわが国にも先進的な事例がある。ニッポンの事例とニッポンの投資実務家の思いも語ろう。太陽電池と聞くと、小さな太陽電池パネルで駆動する電卓や腕時計や戸建て住宅の屋根に据え付けられた太陽電池パネルなど「ああ、あれね」という身近さがある。だが、こうした身近に昔からある太陽電池のイメージを引きずると最近の太陽光発電産業の技術やダイナミズムを理解することはできない。

米国内で撮影された太陽光発電用のソーラーパネル(撮影日不明)。(c)AFP/SOLAR SYSTEMS

スペイン・セビリア(Sevilla)の工場の敷地に並ぶ太陽光パネル(2008年2月13日撮影)。(c)AFP/CRISTINA QUICLER
□3兆円産業とは音楽、ゲーム、映像などデジタルコンテンツ市場と同じ
この市場の規模感をつかむためにマクロ数字をおさらいしておこう。
●2003年の世界市場の規模(発電容量ベース)は620メガワット(メガは100万)だったが、2007年は2821メガワット、2017年予測は2万2760メガワットに達する。
●2007年の太陽光発電産業の売り上げ規模は部品、システム、設置サービスを含めて200億ドル(約2兆円。調査によっては3兆円という見方もある)。これが2017年には740億ドル(約8兆円)に成長する見込み。(Clean Energy Trends 2008 by Cleanedge, Inc.)

 いささか乱暴に比べると「3兆円」といえば、日本国内でスポーツ用品の購入やスポーツ施設の利用、スタジアムにおけるスポーツ観戦を含むスポーツ参加市場(3兆3000億円)、日本国内の音楽、ゲーム、映像などのデジタルコンテンツ市場(3兆700億円)に匹敵する。引用している太陽電池市場は世界市場だから一概に比べられないが、まあ大体の大きさとその成長の激しさは感じられる。太陽光発電は世界中でもてはやされているが、実は牽引役は今や日本ではなく環境立国として主導権を握ろうとするドイツだ。累積導入量は2005年に日本を抜いて世界首位。2006年の国内市場規模は日本の2倍に迫る勢いで拡大した。

太陽電池セルの生産で2006年まで7年間世界リーダーだったシャープは2007年ついにドイツのQセルズに抜かれた。2007年に原料の多結晶シリコンの調達が不調となった結果、太陽電池部門の売り上げは前年比4.2%減となり、遂にシェア1位の座をドイツのQセルズに明け渡したのだ。1999年設立のQセルズがシャープから首位を奪取したほか、サンテックパワー(中国)やモーテック(台湾)もシェアを拡大しており、三洋電機や京セラといった日本メーカーも苦戦を強いられている。
□ドイツにおける国策としての新エネルギー普及支援がFIT
 ドイツの太陽光発電が劇的に成長した主因は2004年に導入したフィード・イン・タリフ(FIT)という制度だ。太陽光発電した電力を電力会社が通常電力の価格より2~3倍も高く買い上げるよう義務づける仕組みで、買い上げ価格は段階的に引き下げられるものの、設備導入後20年間は決められた価格での電力買い上げが保証される。発電者から見ると初期費用は前半10年で回収され、後半の10年はまるまる利益を生む仕組みだ。このように「儲けが政府によって保証された仕組み」ができたせいで、投資対象として太陽発電設備を導入する法人や個人が爆発的に増え、大量の資金が太陽光発電の業界に流れ込み、新興メーカーが続々と登場した。世界首位に立ったQセルズも1999年設立、2005年に上場したばかりの新興企業。同様の買い上げ制度を導入したスペインやイタリアもこの分野で台頭している。2007年末に2007年包括エネルギー法案が可決された米国も新エネルギーの普及に躍起だ。もちろんFITは良い面ばかりではない。ドイツではFITによる電力会社の買い上げコストがユーザーに転嫁された結果、電気料金は1割増しとなった。これは国民経済全体として次世代エネルギー技術の開発のために、ユーザーがコスト負担したということだ。「脱・原発」を掲げた政治が新エネルギーへの転換を強引に主導し、新エネルギーへの転換を促したのだ。
□日本は政府レベルの支援策が乏しい
 国内向け太陽電池モジュールの価格はFITで底上げされた欧州向けにくらべて3~4割低く、利の薄い商売だ。国内メーカーの輸出比率は6~7割を超え、国内市場は縮小している。わが国の新エネルギー普及政策には欧州のような戦略性が不足しており太陽光発電ビジネスは「行き当たりばったり」の政策支援の中で生き延びてきた歴史がある。ドイツ方式のFIT導入に電力会社が猛反発した結果、妥協の産物として2003年にRPS法(電力会社に販売電力量に応じて一定の新エネルギー利用を義務づける法律)が施行されたものの、これには制度上の問題も多く太陽光発電の普及促進策としてはFITに劣る。1994年から続いていた住宅向け設置補助金制度も小泉内閣(当時)が特別会計予算の削減のため2003年打ち切りが決まった(打ち切り実施は2005年)。2007年にRPS法が改正され、太陽光発電に関して2011年から利用量を2倍換算し普及を促す手直しもされたが、後手に回った。住宅向け設置補助金が打ち切られた2005年以降日本国内向けの導入は頭打ちが続いている。シャープは2009年生産能力2ギガワット(ギガは10億)を目指す。また2010年度までには京セラが500メガワット、三洋も600メガワット以上に増強する。だがこの3社はいずれも太陽電池専業ではないため、太陽電池事業に振り向けられる経営資源は限られている。ベンチャーキャピタルや株式市場などから調達した潤沢な資金を投入する海外の新興勢力に対抗して国内メーカーが優位を保つには、パネルサイズや施工手順などで複数社が連携して生産工程を標準化し効率化を進めるのというのも一案だ。海外勢のベンチマーキングを怠り気がついた時には競争力が逆転していた半導体産業の失敗を、二度と繰り返してはならない。つい先日、「福田ビジョン(太陽光発電導入量を2020年までに現状の10倍、2030年には40倍に引き上げる)」という地球温暖化対策が発表された。2005年の補助金打ち切りで停滞中の国内市場の活性化が期待される。
□技術革新の方向性
 欧州でもFITのゲタを抜いてしまえば、キロワット当たり発電コストは40円台。従来電力のコストがキロワット当たり20円を下回るのと比べて2倍近い。コストダウンは必須だ。太陽光発電システムは一般的な住宅向けの3キロワットの場合約200万円。この7割がモジュールコスト、残り3割が工事費とされ、モジュールコストの6割をシリコンウエハーが占める(結晶系の場合)。単純計算で200万円×70%×60%=80万円以上が原料シリコンのコストということになる。原料シリコンは重量で価格が決まり、製品化した太陽電池モジュールは発電容量で価格決定されるから、メーカーが付加価値を高めるには、原料シリコンのコストを削るか、太陽電池の変換効率を高めるかしかない。

(NEDO「2030年に向けた太陽光発電ロードマップ(PV2030)より筆者作成」

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が2004年に作成した「PV2030」という技術開発計画によれば、2007年時点のキロワット当たり発電コスト46円を、シリコンの使用量やウエハー化のコスト、セルのモジュール化コストの削減を通じて2010年に23円、2020年に14円、2030年には7円まで削減するのが目標だ。住宅向けの太陽発電設備が現状の半値の100万円となり、この投資がFITのような支援によって10年間で元が取れるようになれば需要も増えるはずだ。

(Solariaウェブサイトから転載)
□シリコン使用量の削減事例
 米国Solariaのシリコン削減方法はコロンブスの卵の「シリコン間引き」と言える方法だ。シリコンをすだれ状に間引き、その上に集光レンズを置くことで集光効率を上げる。シリコン使用量を半分に削りつつ発電効率90%を維持する。
非シリコン素材モジュールの事例

非シリコンの「Cu-In-Ga-Se(銅-インジウム-ガリウム-セレン)=CIGS」系素材を使った太陽電池で光の吸収率がシリコンに較べて格段に高く、蒸着やスパッタリングといった積層法で発電層を形成できるので発電層厚を数マイクロメートル(マイクロは100万分の1)に抑え、材料コストを削減できる。また理論的な発電効率も25~30%と単結晶シリコンを上回ることが期待される。光や放射線による劣化に強く製品寿命が長い。


巨額の資金調達を背景としたダイナミックな業界再編が花盛り

 米国の太陽光発電関連ベンチャーへの投資額は2006年に3.2億ドル(約350億円)だったのが、2007年は公表分だけでも10億ドル(約1000億円)を突破した。太陽電池関連のベンチャーは全米に少なくとも50社以上あり、うち22社がシリコンバレーに本社を置いている。(Photon International, 2007年12月号)

 ベンチャーキャピタルのApax Partnersは前述のQセルズに14億円投資し、同社が2005年に上場した際390億円に上る上場益を得た。太陽電池の構造自体は単純なのでこうして集めた巨額の資金で製造設備やシリコン原料を確保しさえすれば、誰でも(と言うと言いすぎだが)比較的簡単に製造に参入できる。2002年設立のナノソーラー(米国)はベンチャーでありながら2006年に1億ドルを調達し、シャープ並みの製造設備を建設している。またサンテックパワー(中国)は2005年に中国企業として初めてニューヨーク証券取引所に上場し4億ドルを調達、日本のモジュールメーカーMSKのほか原料シリコンメーカーなどを積極的に買収している。

 このように資本力を背景とする業界内の合従連衡が盛んだ。Qセルズが原料シリコンメーカーのRECに出資したほか、シャープは薄膜製造装置の強化で東京エレクトロンと、シリコン精錬分野で新日本製鉄とそれぞれ提携した。結晶系と薄膜系のハイブリッド技術を持つ三洋は太陽電池部門の責任者が大和証券出身者に代わったことで買収のターゲットとしての動向が注目されている。
□わが国ベンチャー企業はどうか? VCでは何が起きているのか
 さてニッポンでベンチャーキャピタルをやっている我々の周りでは何が起こっているのだろうか。世界市場における日本メーカー各社の地盤沈下は明白とはいえ、日本の製品には依然として高い技術競争力がある。セルの変換効率は10%台後半と欧州勢の製品より数ポイント高く、投資目的で太陽光発電施設を導入する客ほど変換効率や耐久性などを重視するため、欧州でも日本製品から売れていくのだ。現在市場シェアが大きい多結晶シリコン型、薄膜型、CIGS型、有機型とも、セルの市場にはベンチャー企業が少なく、シャープ、京セラ、三洋といった大手メーカーが主役で、我々ベンチャーキャピタリスト泣かせだ。一方、セルの製造プロセスで薄膜型やCIGS型の製造に欠かせない製膜には「真空」「CVD」「スパッタリング」「スクライブ」など、半導体やFPD(薄型パネルディスプレー)分野のプロセスと重複するキーワードが多く実績のあるベンチャー企業の裾野が広い。プラズマCVDを強みとするアルバックは薄膜型向けの製造ターンキーシステムで受注を伸ばしている。半導体ウエハー洗浄装置のエス・イー・エスも洗浄装置、テクスチャリング装置を軸としてフルターンキーでの受注を目指している。フェローテックニューロング精密工業なども、太陽電池製造装置の市場に参入している。ベンチャー企業でも、真空包装機の技術を基に太陽電池製造装置に参入したエヌ・ピー・シーが2007年度に上場し躍進している。1990年代にFPD市場が急成長したときにブイ・テクノロジークボテックなど、有力ベンチャーが続々生まれ株式上場も相次いだが、太陽電池でも同じことが起こるだろう。エバテックテオスなど、半導体・液晶製造装置から参入している企業もある。
□新方式によるセルベンチャーの米国、製造装置ベンチャーの日本
 太陽電池ではコスト削減を巡って様々な方法で試行錯誤が繰り広げられており、製造装置ベンチャーに可能性がある。さしずめ「新方式によるセルベンチャーの米国、製造装置ベンチャーの日本」とでも表現できるチャンスがある。新方式の太陽電池ということでは、球状シリコン方式のクリーンベンチャー21京セミ、色素増感方式の桐蔭横浜大学発のベンチャー企業、ペクセル・テクノロジーズなどが健闘している。色素増感型は量産化までにはまだまだ時間がかかる技術だが、印刷式で安価に量産できることやデザインが優れているため、企業だけでなく大学や研究機関での研究も盛んで、我々ベンチャーキャピタルの投資ターゲットとしてもエキサイティングだ。太陽電池モジュールの要素技術である特殊レンズ製造の五鈴(いすず)精工硝子は集光レンズのコストを半分以下に抑える技術を開発し、集光型太陽電池用に営業している。太陽電池の製造技術だけでなく、発電設備の設置サービス、設備購入に関わる金融サービスなどの周辺ビジネスにもチャンスがある。商業用太陽光設備設置サービスで急成長した米国のパワーライトのように、日本には日本エコシステムといった企業がある。こうしたベンチャーに必要なのは島国根性に縛られないグロバールなマーケティングの視点だ。前述のエヌ・ピー・シーは、国内と違ってプロセス技術を内製しない新興メーカーが主である海外市場で常時50人の営業マンが案件開拓している(6月12日付け 日経新聞本紙)。ベンチャー企業はそこまで大規模な海外営業軍団を持つのは難しいだろうが、自社技術の受容環境が海外市場に揃っているのなら、迷わず海外市場を攻略してほしい。太陽電池分野に限らず国内の技術ベンチャー企業は腰の重い国内大企業からの受注にこだわって初回の受注に時間を要したり、多少実績ができても国内市場自体の伸びが頭打ちだったりというもったいない戦略上の失敗が多い。及ばずながら我々ニッポンのベンチャーキャピタルもお手伝いしたい。
□太陽光発電には政策的モチベーションづけが
 筆者は総論として規制緩和論者であり小さな政府を歓迎するのだが、こと太陽光発電を含む新エネルギーの分野では、相対的に割安な従来エネルギーからの転換を促すため政策的なモチベーションづけが不可欠だ。もっとも国際エネルギー機関の下部組織で、太陽光エネルギーの効率利用の促進を図る12カ国(と欧州委員会)の国際機関であるSolarPACESなどから太陽熱発電の方が太陽光発電よりも効率が高いとする主張も出始めており、太陽光発電も本質的なコスト削減を進めなければならないのは言うまでもない。次回は太陽光発電に比べても、格段に規模が大きく、身近な風力発電の産業と今の投資環境を考えてみたい。

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