米国アースポリシー研究所所長のレスター・ブラウン氏(写真:山田 愼二)
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2008年7月3日 木曜日岡崎秀
米国アースポリシー(地球政策)研究所所長でエコロジストのレスター・ブラウン氏が、最新著書『プランB 3.0』の日本語訳出版に合わせて6月に来日。環境的に持続可能な経済についてお聞きした。
―― 地球の現状と、問題点について教えてください。
人類は今、食料不足という大きな課題を抱えています。ここ8年のうち7年は世界の穀物生産量が消費量を下回り、不足分を埋めるため穀物在庫を取り崩してきました。その結果、現在の在庫は1974年以来最低レベルにあります。一方小麦、米、トウモロコシなど主要穀物の価格は、史上最高値を記録しています。この状態を放置すれば食料不足がいっそう深刻化し、人類文明が「もはやそれまで」という危機におちいるリスクがあります。
―― 20世紀後半にも農作物不作で食料価格が急騰しましたが、現在の状況との違いは何でしょうか。
米国のコーンベルトでの猛暑による減産、旧ソビエトでの凶作、インドのモンスーン期の水不足による減産などで食料価格が高騰しましたが、これらは一時的な気象状況がもたらしたもので、次の収穫時には正常な生産レベルに戻れました。しかし現在の問題は、長期的な傾向なのです。原因の1つは、気候変動です。近年の熱波により穀物生産量が減少しています。1970年以降、世界の気温は0.7度上昇しました。主要穀物は成長期に気温が1度上昇すると収穫が10%低下する、と作物生態学者の意見はおおむね一致しています。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、今世紀中に1.1~6.4度の間で気温が上昇すると予測しています。
―― 地球温暖化の結果氷が溶けていることも、農業に影響を及ぼしますか。
南極やグリーンランドの氷床やヒマラヤ山脈などの氷河の溶解が、急激に進んでいます。グリーンランドの氷床が完全に溶けると、海面が7メートル上昇すると言われます。バングラデシュでは海面が1メートル上昇すると、水田の40%が水没してしまいます。山岳地帯の氷河は河川の水源で、「天空の貯水池」と言われています。ヒマラヤの氷河は徐々に溶けることによって、乾期にもガンジス、黄河、長江などアジアの河川に水が注がれます。しかし気温上昇と共に氷河が溶けると乾期に川に注ぐ水が減り、雨期のみに水が流れる、季節河川になってしまう可能性があります。完全に水がなくなってしまう危険性すらある。ヒマラヤ山脈を水源とする河川は、世界の大穀物生産国であるインドや中国の穀倉地帯を潤しています。十分な水が流れなければ、世界の小麦と米の生産量が大幅に減る危険性があります。
―― 地下水を汲み上げて、農業水に利用している地域もありますね。
多くの国では地下水層を汲み上げ灌漑していますが、降った雨が地下水になるという自然システムで補充される量を超える水を汲み上げた結果、地下水位の低下という問題が起きています。世界の3大穀物生産国であるインド、中国、米国がこうした状況にあり、世界の人口の半分がこのような地域に暮らしていることになります。インド、中国では穀物の大半が灌漑農地で生産されているので、地下水位低下は深刻な問題となるでしょう。サウジアラビアは現在、地下1000メートルほどから地下水を汲み上げ、国内で消費する小麦のすべてを生産しています。しかし2016年には地下水が枯渇し、穀物を生産できなくなる可能性があります。また、モンゴル、ハイチなど土壌浸食が農業に深刻な影響を与えている国もあります。また、増産をもたらす農業技術が開発される見込みがないことも、将来の食料増産に暗い影を落としています。さらに人口増加も食料不足の一因です。世界の人口は、年間約7000万人増加しています。生産量が減っているのに人口は増え続け、供給が需要に追いついていません。また、豊かな国では、数十億の人が肉や乳製品など穀物消費量が高い食生活に移行しています。穀物をそのまま消費するより、肉や鶏を育てるほうが多量の穀物を必要とします。
―― 穀物がバイオ燃料の資源に使われていることについては、どうお考えですか。
様々な環境的要因によって穀物を増産するのが困難な時期に、人の命を支える食料がバイオ燃料の原材料に取られてしまうことは、食料倫理という観点から深刻な問題です。1990年から2005年まで世界の穀物需要は、年間平均2000万トン増加していました。ところが2005年から2007年まで世界の需要は一気に4000万トン増加しました。これは米国で穀物がエタノールを生産するために使われたからです。これまで、食料経済とエネルギー経済は別のものでした。しかし穀物から燃料を生産することになると、穀物価格と原油価格は連動するようになり、世界の穀物価格が石油価格と同じ勢いで上昇していきます。人間の命を支えるためにあるはずの穀物が、自動車の燃料になっているのです。
―― 食料の輸入国と輸出国の関係はどうでしょうか。
自国の食料価格を安定させるため、ロシア、アルゼンチン、ベトナムなどは輸出を規制したり、完全に制限しています。輸入国にとっては深刻な状況です。多数の食料輸入国が競って食料を確保しようとする中、貧しい国は食料を輸入できなくなる恐れがあります。食料不足が不安定な政治状況を生み、貧富の差はかつてないほどに広がっています。貧しい人は最低の生活水準から抜け出せず、豊かな人はさらに豊かになる傾向があります。経済的格差は栄養状態、教育水準、健康状態に現れています。人口増加、病気、政局不安などのストレスを抱え、「破綻した」、または「破綻しつつある」国家が増えています。世界の状況がどれだけ深刻であるのか表す指針でもあります。過去にもシュメール文明、マヤ文明など食料不足が原因で滅んでしまった例があります。私たちも食料供給が安定した世界を築かなければ、人類が滅んでしまう恐れがあります。また、20世紀は石油の世紀でした。多くの国が石油に依存して経済成長を遂げ、必要な石油はいつでも確保できると思ってきました。しかし石油は永遠に続く資源ではありません。地質学者の中には、昨年がピークオイル(世界の原油生産が減少に転じる時点)だったと考える人もいます。そうでなくとも、ピークオイルは数年の間にやってくるでしょう。その後私たちは、全く「新しい現実」と向かい合うことになります。石油だけでなく、水など全ての資源は有限であることを認識しなければなりません。
―― そこでブラウンさんは、持続可能な世界である「プランB」へ移行することを提唱されているのですね。
そうです。従来の「プランA」では、地球の資源を奪うことによって急激な発展しました。しかし、資源はまさに、なくなりつつあるのです。持続可能な世界を築いていかなければなりません。最も新しい「プランB 3.0」では以下の目標を設定しています。2020年までに二酸化炭素の排出量を80%削減すること。これは気候を安定させるために必要な条件です。世界の人口を安定させ、貧困を解消すること。そして生態系を修復することです。「80%削減」というのは無理な目標であると思われるかもしれませんが、世界のエネルギー経済を再構築し、気候を安定させるための技術は既にあります。まず炭素を固定化するため植林を進め、同時に森林伐採に歯止めをかけることです。そして全世界でエネルギー効率を上げる技術を採用しなければなりません。例えば白熱電球を小型蛍光電球に替えることです。そうすれば電力使用量は4分の1になり、これを地球規模で行うと、世界の電力使用量を12%削減できます。まずエネルギー効率を高め、さらに再生可能エネルギーへのシフトをただちに実現していくことです。
―― 風力、太陽エネルギーについてはどうでしょうか。日本で開発できるエネルギーについてもお聞かせください。
アルジェリアは、600万キロワットの太陽熱発電エネルギープラントを建設すると発表しました。これは、標準的な石炭火力発電所6基に相当する発電量です。アルジェリアは石油輸出国ですが、石油が枯渇することがを見通して、太陽エネルギーの開発と輸出に乗り出したのです。太陽エネルギーを、水中ケーブルで欧州に輸出する構想です。テキサス州もカリフォルニア州を追い越して、風力発電でトップになりました。現在、2300万キロワットの風力発電容量開発が進行しています。これはテキサスの人口の半分以上の家庭電力を賄える発電量です。テキサス州の石油王ブーン・ピケンズ氏が、400万キロワットのウィンドファームに100億ドルを出資しました。その理由は「右肩下がりの産油量にうんざりしたからだ」と語ったそうです。全ての国は自国の再生可能なエネルギーを基礎に、エネルギー政策を打ち出す時代になりました。今後エネルギーは貿易の対象ではなく、自給することがベターな選択となります。また、日本は世界で最も地熱エネルギーに恵まれた地域の1つです。最新技術を採用すれば、日本は電力需要の半分を地熱エネルギーで賄えるのではないでしょうか。アイスランドでは、家庭用暖房の90%を地熱で賄っています。
―― 原子力発電についてはどうお考えですか。
世界各地で原子力発電所が新設されても、老朽化で閉鎖される発電所の分を補うだけで、総発電容量は増加しないと予測しています。核廃棄物の処理、老朽化した発電所の解体、事故やテロ攻撃の可能性に備えた原子炉の保険など、フルコスト原理に基づいた価格設定をすれば、経済的に見合うエネルギーではないでしょう。 今後著しい経済発展が予想される中国でも、標高の高い山脈地帯や海岸線では、十分な風力がコンスタントに得られるので、原子力に頼らなくても風力で現在の発電量を倍増できると思います。
―― 環境問題に関して一般市民ができること、また女性が貢献できることはありますか。
「世界を経済衰退に向かう道」から「経済発展を持続させる道」へ移すために、自分が何をしたいのか、計画と予定表をつくることができます。そして自分の地域で協力できそうな人を探し、草の根運動や選挙を通して政治に積極的に参加することです。また女性は自然との調和を大切にしますし、男性と比べてそのバランスの取り方を知っています。自然を破壊することを好まない。その根底には子供を産む本能があるからかもしれません。しかし、変化を起こすためにも、自ら白熱電球を禁止する運動などに積極的に参加して行動する必要があります。世界は、早いスピードで変化していくと思います。太陽電池の販売量は、2年ごとに倍増しています。これは15年ほど前にパソコンが普及したのと同じ率です。今後10年間で、エネルギー経済も一変するでしょう。
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レスター・ブラウン 略歴
エコロジスト、思想家。1934年、米国ニュージャージー州生まれ。ラトガーズ大学、ハーバード大学で農学、行政学を修めた後、米農務省にて国際農業開発局長を務める。1974年、地球環境問題に取り組むワールドウォッチ研究所を創設。2001年、アースポリシー研究所を創設。『フード・セキュリティー』『エコ・エコノミー』『プランB』など多数の著書がある。2006年、一橋大学より名誉博士称号を授与される。ワシントンポスト誌の「世界で最も影響力のある思想家100人」に選ばれた。
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